中国の先端技術開発が新たな局面を迎えた。量子コンピューターでは米IBMと肩を並べる成果を公表する一方、AI半導体では米国の輸出規制により高性能品の国産化に苦慮する姿が浮かび上がる。国家主導で進む研究開発の実力を、日米の技術標準と比較し、サプライチェーンの観点から定量的に分析する。この動きは、東京エレクトロンや信越化学工業など、基幹技術を握る日本の装置・材料メーカーにとって、新たな事業機会と地政学的な緊張の両面を突きつけている。
1100量子ビット超「祖沖之3号」の到達点
中国の量子コンピューター開発が、世界の先頭集団に追いついたことを明確に示す成果が報告された。中国科学技術大学の研究チームが2023年後半に発表した超伝導量子コンピューターの試作機「祖沖之(そちゅうし)3号」は、1158個の物理量子ビットを集積している。これは米IBMが2023年に公開した「Condor」プロセッサーの1121量子ビットに匹敵する規模であり、量子ビット数の競争において米国と互角の段階に達したことを示唆する。超伝導方式は、シリコン基板上に形成したジョセフソン接合と呼ばれる素子を絶対零度(約-273℃)近くまで冷却することで、量子力学的な重ね合わせ状態を維持する技術だ。冷却には希釈冷凍機が不可欠で、この分野ではフィンランドのBlueforsなどが高いシェアを持つが、中国国内メーカーも追随している。ただし、量子コンピューターの性能は量子ビット数だけで決まるものではない。計算の正確性を示す忠実度(フィデリティ)や、量子状態を保持できる時間(コヒーレンス時間)がより重要だ。祖沖之3号の論文では、単一量子ビットゲートの忠実度が99.8%以上と報告されているが、これはIBMや米グーグルの最高水準にわずかに及ばない。中国政府は「第14次5カ年計画」(2021-2025年)で量子技術を国家戦略の筆頭に掲げ、安徽省合肥市に建設中の量子情報科学国家実験室には、初期投資だけで1兆円規模の資金が投じられたと見られる。米国の調査会社Gartnerの2024年3月の報告によれば、世界の量子コンピューティング関連市場は2030年に100億ドルを超えると予測されており、その中で中国は米国に次ぐ研究開発投資国となっている。
AI半導体、国産化はどこまで進んだか?
米国の輸出規制は、中国のAI開発における最大の障壁となっている。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月以降、米NVIDIA製の高性能画像処理半導体(GPU)「A100」や「H100」の中国向け輸出を厳しく制限。これらは大規模言語モデル(LLM)の学習に不可欠で、世界のAI開発を支える基盤だ。この規制に対し、中国は半導体の完全国産化を急ぐ。通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)が開発したAI半導体「昇騰(Ascend)910B」は、NVIDIA製品の代替として国内で採用が広がる。公称性能ではA100に迫るとされるが、複数の専門家の分析では、実アプリケーションでの処理効率は7割程度にとどまるとの見方が有力だ。最大の問題は製造技術にある。Ascend 910Bは、中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が7ナノメートル(nm)世代のプロセスで製造したとされる。しかし、SMICは最先端の露光装置である極端紫外線(EUV)リソグラフィー装置をオランダASMLから輸入できない。そのため、旧世代の深紫外線(DUV)露光装置を複数回使用する「多重露光」という手法に頼らざるを得ず、これが生産効率の低さや歩留まりの悪化を招いている。半導体製造装置市場における日本の存在感はここで際立つ。東京エレクトロンは塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)で世界シェア約9割、SCREENホールディングスは洗浄装置で高シェアを誇る。これら前後の工程を担う日本製の装置なしに、先端半導体の量産は成り立たない。台湾の調査会社TrendForceが2024年5月に発表した統計では、中国のファウンドリ世界市場シェアは2024年第1四半期に8%を超えたが、その多くは28nm以上の成熟プロセスに依存しており、先端分野での断絶は続いている。
オープンソースAIで世界標準を狙う動き
ハードウエアでの制約に直面する一方、中国企業はソフトウエア、特にオープンソースAIの分野で存在感を高めている。2024年に入り、新興企業の月之暗面(Moonshot AI)やアリババ集団、北京智源人工智能研究院(BAAI)などが相次いで高性能な大規模言語モデル(LLM)をオープンソースとして公開した。特に注目されるのがDeepSeek AIが公開したモデル群だ。2兆のトークン(単語や文字に相当)で学習したとされる「DeepSeek-V2」は、処理効率を大幅に高めた独自アーキテクチャーを採用し、仏Mistral AIの最新モデルに匹敵する性能を、より低い計算コストで実現したと主張する。オープンソース戦略の狙いは、世界中の開発者を自社の技術基盤に取り込み、事実上の標準(デファクトスタンダード)を形成することにある。米Metaが「Llama」シリーズで先行したこの戦略を、中国勢は巧みに追随している。これにより、NVIDIAのGPUやソフトウエア基盤「CUDA」への一極集中を、ソフトウエア層から切り崩そうという意図が透ける。実際、米スタンフォード大学が公開しているLLM評価指標「HELM」では、中国製モデルが上位に複数入るようになった。2023年時点では上位10モデルのうち中国製は1つだったが、2024年5月時点では3つを占める。これは、モデルの設計・学習技術において、中国が欧米と遜色のない水準に達したことを物語る。ただし、これらのモデルの学習には依然として大量のNVIDIA製GPUが使われているのが実情だ。中国企業が米国の規制前に備蓄した半導体や、規制対象外の低性能品を駆使して開発を続けている構図が見て取れる。
基礎研究を支える国家プロジェクトの光と影
AIや量子といった応用技術の躍進は、中国が長年にわたり投資を続ける基礎科学研究の成果に支えられている。広東省で建設が進む江門中微子実験(JUNO)はその象徴だ。これは素粒子物理学の未解決問題であるニュートリノの質量階層を決定することを目的とした国際共同研究で、中国が全体の7割以上の費用を負担し、主導的役割を担う。直径35.4メートルの巨大な球状検出器を地下700メートルに設置するこの計画には、日本を含む17カ国から600人以上の研究者が参加する。こうした大型プロジェクトは、最先端の計測技術やデータ解析技術の開発を促し、その過程で生まれる技術や人材が、間接的に産業競争力へと波及する。例えば、JUNOで必要とされる高性能な光電子増倍管や超低放射能材料は、医療用画像診断装置や半導体材料の純度管理にも応用可能な技術だ。中国科学院物理研究所が開発した「ファンデルワールス圧縮」による新材料創出技術も、基礎研究から生まれた革新の一例である。一方で、国家主導の研究開発体制には構造的な課題も指摘される。米中経済安全保障調査委員会(USCC)が2023年11月に公表した報告書は、中国の研究資金配分がトップダウン型であり、政府の示す重点分野に過度に集中する傾向があると分析。これにより、独創的で破壊的な研究が生まれにくい土壌になっている可能性に言及した。また、研究成果の評価が論文数や特許数に偏りがちで、質の低い研究が量産される弊害も根強い。国家統計局によると、中国の研究開発支出総額は2023年に3兆3278億元(約66兆円)に達し、国内総生産(GDP)比で2.64%となったが、その効率性については依然として議論の的となっている。
日本企業が直面する選択
中国の先端技術における急成長は、日本の産業界に複雑な問いを投げかける。特に、半導体製造装置や高機能材料といった、日本の「お家芸」ともいえる分野は、米中技術摩擦の最前線に立たされている。東京エレクトロンやアドバンテスト、信越化学工業、JSRといった企業は、世界の半導体サプライチェーンに不可欠な存在であり、その製品は米国の規制対象となりうる。現に、日本政府は2023年7月、経済産業省令を改正し、先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化した。これは事実上、米国の対中規制に歩調を合わせた措置だ。しかし、中国はこれらの日本企業にとって最大の市場でもある。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、中国向け売上高比率が47%に達し、過去最高を記録した。米国の規制が及ばない成熟・旧世代プロセス向けの装置需要が旺盛なためだ。この現実は、経済合理性と経済安全保障のジレンマを象徴している。日本企業が取るべき道は一つではない。第一に、規制対象外の領域で中国ビジネスを継続しつつ、研究開発投資を加速させ、次世代技術で米国や欧州との連携を深める「二正面作戦」が考えられる。第二に、中国への依存度を中長期的に引き下げ、インドや東南アジア、あるいは日米欧での生産能力増強に軸足を移す「デリスキング(リスク低減)」の動きだ。政府が巨額補助金を投じるラピダスやTSMC熊本工場は、この流れを国内で加速させる試みといえる。いずれの戦略を選択するにせよ、自社の技術がサプライチェーンのどの位置にあり、地政学的にどのような価値を持つのかを精密に把握することが、今後の経営判断の前提となる。中国の技術動向は、もはや対岸の火事ではなく、自社の事業戦略そのものを映し出す鏡となっている。