習近平指導部が国有基幹企業である中央企業に対し、技術革新と産業競争力の強化を厳命した。その背景には、米国の制裁下で進める半導体国産化が、日本の素材・装置技術という「最後の隘路」なしには立ち行かないという厳しい現実がある。2023年に華為技術(ファーウェイ)の新型スマートフォンが搭載した7ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)世代の半導体は象徴的な成果だが、その製造コストは世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の2倍以上に達するとみられる。中国政府は今後5年で10兆円規模の追加支援を計画するが、先端フォトレジストや高純度フッ化水素など、日本企業が世界市場の8割以上を握る領域をどう克服するかが、国家戦略の成否を分ける最大の課題として浮かび上がる。
7ナノ達成の裏にある「力技」
中国の半導体受託製造(ファウンドリ)最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)がファーウェイ向けに供給したプロセッサー「麒麟(Kirin)9000S」。これが7nmプロセスで製造された事実は、米国の技術制裁網に風穴を開けたと受け止められた。しかし、その製造手法は、生産効率と採算性を度外視した「力技」に近い。SMICは、オランダASML製の旧世代機である深紫外線(DUV)露光装置「NXT:2000i」を駆使したとみられる。DUVの光源波長は193nmであり、本来7nm級の微細な回路線幅を一括で描画することは物理的に不可能だ。そこで用いられたのが、自己整合型ダブルパターニング(SADP)と呼ばれる多重露光技術である。これは、一度描いた回路パターンの側壁に絶縁膜を形成し、それを新たなマスク(型板)として利用することで、実質的な解像度を2倍に高める手法だ。7nm級の複雑な回路では、この露光・成膜・食刻(エッチング)の工程を3回、4回と繰り返す必要がある。先端半導体の製造に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置であれば1回で済む工程を、複数回重ねるため、製造期間は長期化し、塵芥(じんかい)の付着などによる不良率も指数関数的に上昇する。台湾の調査会社TrendForceが2023年10月に公表した分析によれば、SMICの7nmプロセスの歩留まり率(良品率)は50%を下回り、ウエハー1枚あたりの製造単価はTSMCの同世代プロセスの2倍から3倍に達すると推定されている。これは、国家の威信をかけた限定的な生産であって、商業ベースでの大規模展開には程遠い水準と言える。
なぜ国産化目標は達成できないのか?
習指導部が焦燥を募らせる背景には、半導体国産化の遅々として進まない実態がある。中国政府が産業政策「中国製造2025」で掲げた「2025年までに半導体自給率70%」という目標は、達成が絶望的な状況だ。米調査会社IC Insightsが2021年に発表した統計では、中国国内で生産された半導体のうち、SMICや長江存儲科技(YMTC)といった中国企業による生産分は、市場全体のわずか6.6%に過ぎなかった(中国国内市場規模の16.7%のうち)。米半導体工業会(SIA)の2023年末時点の推計でも、生産能力ベースでの国内生産比率は20%に届かない。この停滞の根源には、製造装置と先端材料における海外依存、とりわけ日本への依存構造がある。先端露光装置はASMLのEUV装置が禁輸対象である上、DUV装置の最先端モデルも米国の輸出管理規則により中国向け出荷が停止された。中国の上海微電子装備(SMEE)が開発を進める国産露光装置は、いまだ90nmプロセス水準に留まり、ArF液浸DUV装置の実用化は2027年以降になるとの見方が業界では支配的だ。これは、世界の最先端から5世代以上遅れている計算になる。さらに深刻なのが材料分野だ。半導体回路の原版となるマスクブランクス(HOYA、AGCが世界シェア7割)、回路パターンをウエハーに転写するフォトレジスト(JSR、信越化学工業、東京応化工業などがEUV向けで世界シェア9割)、ウエハーの洗浄に用いる高純度フッ化水素(ステラケミファ、森田化学工業が世界シェア7割)など、代替の利かない中核材料の多くを日本企業が寡占している。2019年の日本政府による対韓輸出管理強化が韓国半導体産業に与えた衝撃は、中国指導部にとって他山の石ではない。
「国家隊」10兆円基金の現実味
こうした隘路(あいろ)を突破すべく、中国政府は新たな資金投入を計画している。通称「国家集成電路産業投資基金(大基金)」の第3期として、過去最大となる3440億元(約7兆円)規模の基金を2024年5月に設立した。地方政府や国有企業の関連投資を合わせると、その総額は10兆円を超えると観測される。第1期(2014年、約2.7兆円)、第2期(2019年、約4兆円)がSMICやYMTCといった特定企業の生産能力増強に主眼を置いたのに対し、第3期は半導体製造装置と材料の国産化、特に研究開発への重点投資が鮮明だ。投資先の候補には、国産エッチング装置でシェアを伸ばす北方華創科技集団(NAURA)や、計測装置の中微半導体設備(AMEC)などが挙がる。しかし、巨額の資金投入が直ちに技術的自立に結びつくかは疑問符が付く。半導体装置・材料産業は、特定の「天才」だけでは成立しない。数十年かけて蓄積された装置メーカーと材料メーカー、そして最終製品を製造する半導体メーカー自身の三者間での緻密な調整、いわば「すり合わせ」の技術ノウハウが競争力の源泉だからだ。例えば、東京エレクトロンの成膜装置には、信越化学のシリコンウエハーとJSRのフォトレジストの特性に最適化されたパラメータが組み込まれている。この生態系(エコシステム)全体を、資金だけで短期間に構築するのは至難の業だ。米調査会社ガートナーの2023年11月の報告書は、中国の製造装置国産化率はエッチングや洗浄など一部工程で30%を超えたものの、リソグラフィ(露光)やイオン注入など中核工程では依然として5%未満に留まると指摘している。この差を埋めるには、少なくとも10年単位の時間が必要とみられる。
迫られる日本の「踏み絵」
中国の国家主導による技術開発の加速は、米国の対中技術包囲網を主導するワシントンに強い警戒感を生んでいる。2022年10月に発動された包括的な輸出管理規則に続き、米商務省はSMICの7nm製造に関与した中国国内の関連企業数十社を、事実上の禁輸リストである「エンティティー・リスト」に追加する調査を進めている。この動きは、日本企業にも直接的な影響を及ぼす。米国は同盟国に対し、自国の規制と同等の措置を講じるよう強く要請しており、日本政府も2023年7月、先端半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加した。今後、米国の圧力がさらに強まれば、管理対象が汎用の装置や、現在は規制対象外の先端材料にまで拡大する可能性は否定できない。実際に、米議会の一部からは、日本のフォトレジストや化学材料メーカーを名指しして、中国への輸出を制限すべきだとの声が上がっている。日本企業は、巨大な中国市場を失うリスクと、米国の規制に違反してサプライチェーンから排除されるリスクとの間で、難しい選択を迫られている。2023年度の日本の半導体製造装置の輸出額(財務省貿易統計)のうち、中国向けは全体の42%を占める最大の仕向け地であり、この市場を完全に無視することは非現実的だ。しかし、米国の安全保障上の懸念を無視することもできない。企業はまさに「踏み絵」を迫られる状況にある。
日本企業が直面する選択
中国の中央企業への指令は、単なる国内経済政策の枠を超え、世界の半導体サプライチェーンの再編を促す地政学的な号砲と捉えるべきだ。日本企業にとっては、短期的な事業機会と中長期的な構造的リスクが同居する複雑な局面が続く。中国が国策として推進する旧世代(レガシー)半導体の生産能力増強は、パワー半導体やアナログ半導体などを手掛ける日本の装置・材料メーカーにとって、当面の需要を喚起するだろう。事実、東京エレクトロンやSCREENホールディングスの2023年度決算では、中国向け売上高が全体の4割前後を占め、業績を下支えした。しかし、この需要は永続しない。中国の国産化がある水準に達すれば、これまで顧客だった中国企業が、国際市場で競合相手へと変貌する。かつて液晶パネルや太陽光パネルで日本企業が経験した道を、半導体でも繰り返す危険性を内包している。日本企業に求められる戦略は、三つの方向に集約される。第一に、技術的優位性の維持・拡大だ。中国が容易に模倣できないEUV関連材料や、次世代の三次元実装技術など、研究開発への投資を緩めず、常に技術的な格差を維持し続ける必要がある。第二に、サプライチェーンの多元化である。中国一辺倒のビジネスモデルから脱却し、日米台連携で建設が進むラピダス(Rapidus)のような国内プロジェクトや、インド、東南アジアといった新たな生産拠点への関与を深めることが、地政学リスクの分散につながる。第三に、経済安全保障を前提とした事業継続計画(BCP)の精緻化だ。米中対立の激化や台湾有事といった不測の事態を想定し、どの技術をどこまで提供するのか、どの取引を停止するのかという「線引き」を、政府と連携しながら事前に定めておくことが不可欠となる。