米国の対中半導体規制が、先端ロジック半導体に続き、中国のメモリー半導体分野へ拡大する公算が大きくなっている。規制対象はDRAMで18ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)世代以下、NAND型フラッシュメモリーで128層以上の先端品目を製造する装置・技術と見られ、中国最大手の長江存儲科技(YMTC)や長鑫存儲技術(CXMT)が直接の標的となる。これにより、世界の半導体製造装置市場で3割超のシェアを握る日本企業は、巨大市場と友好国との間で難しい選択を迫られる。米商務省産業安全保障局(BIS)の動向が、世界の半導体供給網の行方を左右する。
先端メモリーへ広がる規制の網
米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月、先端ロジック半導体の製造に関わる装置や技術の対中輸出を厳しく制限する措置を導入した。この規制は、回路線幅14nm以下のロジック半導体製造に必要な米国製技術の移転を事実上遮断するもので、中国の半導体国産化構想に大きな打撃を与えた。市場関係者の間では当初から、この規制がメモリー半導体にも拡大されるとの観測が根強かった。米国の調査会社IC Insightsが2023年3月に発表した報告によれば、中国の半導体自給率は2022年時点で17%にとどまり、特に先端分野での海外依存は解消されていない。この状況下で、BISが次なる一手としてメモリー分野に照準を合わせるのは、技術覇権を巡る競争において必然的な流れと見られる。具体的には、DRAMでは18nmプロセス以下の製造設備、NAND型フラッシュメモリーでは128層以上の積層技術に関わる装置が規制対象候補に挙がる。これにより、YMTCやCXMTといった中国の国策メモリー企業は、最先端製品の開発・量産が極めて困難になる。TrendForceの2024年第1四半期の調査によると、NAND市場におけるYMTCのシェアは7%だが、中国国内向けでは高い存在感を示す。規制が発動されれば、同社の生産能力拡大計画は頓挫し、世界的なメモリー需給にも影響が及ぶ可能性がある。
なぜ18nmと128層が境界線なのか?
米国がDRAMで18nm、NANDで128層という具体的な数値を境界線とする背景には、明確な技術的・戦略的意図がある。DRAMにおける18nmプロセスは、極端紫外線(EUV)リソグラフィー技術を導入せずに到達できる、ArF液浸リソグラフィーの限界に近い世代だ。この世代以降の微細化には、1台200億円以上するASML製のEUV露光装置が不可欠となる。米国はすでにEUV装置の中国向け輸出を差し止めており、18nm以下の製造技術を規制することで、中国が既存の液浸装置を駆使して技術的限界を突破しようとする試みを封じ込める狙いがある。一方、NAND型フラッシュメモリーにおける128層という基準は、3次元積層技術の成熟度を測る指標だ。NANDはメモリーセルを垂直方向に積み上げることで記憶容量を増やす。128層を超える積層では、ウエハーに極めて深く、かつ垂直な穴を開ける高アスペクト比エッチング技術が求められる。この工程で使われる東京エレクトロンや米ラムリサーチ製のプラズマエッチング装置は、まさに規制の中核となりうる。YMTCは236層品の量産に成功したと発表しているが、その生産規模は限定的であり、歩留まりの低さが課題とされてきた。米国の規制は、YMTCが量産技術を確立し、韓国のサムスン電子やSKハイニックスといった先行企業を追撃する能力を削ぐことを目的としている。
YMTC・CXMT、国産化の現在地
米国の制裁強化を見越し、YMTCやCXMTは製造装置や材料の国産化を急いでいる。しかし、その道のりは平坦ではない。半導体製造は、リソグラフィー、エッチング、成膜、洗浄、検査など数百の工程からなり、それぞれに専用の高度な装置が必要とされる。中国の装置メーカー、例えば北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)は、一部のエッチング装置や成膜装置で技術力を向上させているものの、総合力では日米欧の巨大企業に遠く及ばない。特に、回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程は深刻な隘路となっている。上海微電子装備(SMEE)が開発を進めるArF液浸露光装置は、いまだ量産適用可能な性能に達していないとされる。また、半導体製造の品質を左右する検査・測定装置の分野でも、米KLAや日本のレーザーテック、アドバンテストなどが世界市場を寡占しており、代替はほぼ不可能だ。中国半導体行業協会(CSIA)の非公開資料によると、2023年時点での中国国内の半導体製造装置の国産化率は、工程全体で20%台前半と推定されている。特に先端プロセス向けでは10%を下回るとの見方もある。YMTCやCXMTは、既存の輸入装置を修理・改造しながら延命を図ると同時に、国産装置の導入を試験的に進めているが、生産性や信頼性の面で大きな課題を抱えているのが実情だ。
日本企業への具体的な影響とは
米国の新たな規制は、日本の半導体関連産業に直接的な影響を及ぼす。経済産業省の生産動態統計によれば、2023年の日本製半導体製造装置の販売額のうち、中国向けが全体の42.9%を占め、最大の輸出先となっている。もしDRAMの18nm世代、NANDの128層以上を対象とする輸出管理が始まれば、東京エレクトロン(TEL)やSCREENホールディングス、ディスコといった装置メーカーの売上は短期的に大きな打撃を受ける。例えば、TELの2024年3月期決算における中国向け売上高比率は47%に達しており、規制対象となる先端メモリー向け装置が一定の割合を占めることは確実だ。また、影響は装置にとどまらない。シリコンウエハーで世界シェア合計約6割を握る信越化学工業とSUMCO、EUV用フォトレジストで世界市場をほぼ独占するJSRや東京応化工業、高純度フッ化水素を供給するステラケミファなど、日本の素材メーカーも供給先の見直しを迫られる。これらの企業は、中国の半導体メーカーを重要な顧客としてきたが、米国の規制に準拠するためには、先端材料の輸出を停止せざるを得なくなる可能性がある。これは単なる売上減少だけでなく、これまで築いてきたサプライチェーンの分断を意味し、事業戦略の根本的な転換を要求するものだ。
日本企業が直面する選択
米中の技術覇権争いの狭間で、日本の半導体関連企業は難しい経営判断を迫られている。短期的には、巨大な中国市場を失うことによる売上減少は避けられない。しかし、米国の規制に非協力的と見なされれば、米国市場へのアクセスや米国製技術の利用が制限される「二次的制裁」のリスクも存在する。多くの日本企業にとって、米国は技術開発や基幹部品の調達において不可欠なパートナーであり、その関係を損なう選択肢は取りにくい。この状況は、日本企業に対して、事業ポートフォリオと地政学リスクの再評価を促している。一つの方向性は、非先端分野での中国ビジネスを維持しつつ、先端技術は日米韓台の友好国連合内で開発・供給を完結させる「市場の二重化」への対応だ。例えば、規制対象外となる28nm以上のロジック半導体や旧世代メモリー向けの装置・材料については、引き続き中国との取引を継続する。一方で、最先端分野では、米国のラピダスや台湾のTSMC、韓国サムスン電子などとの連携を深め、技術的優位性を維持・強化していく戦略が考えられる。日本の強みは、特定の装置や材料分野で代替不可能な技術を複数保有している点にある。この技術的優位性を交渉力として活用し、日米両政府と連携しながら、自国の産業にとって損失が最小限となるような規制の運用や猶予措置を働きかけていくしたたかさも求められるだろう。技術力こそが、地政学の荒波を乗り越えるための羅針盤となる。
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