スイスのビジネススクールIMDが発表した「2025年グローバルサプライチェーン調査報告書」は、企業が直面する供給網の課題が深刻化していると警鐘を鳴らした。こうした中、独化学大手ヘンケルの幹部は、複雑なリスクを管理する上で「システム思考」が不可欠だと強調。地政学リスクやコスト高騰に直面する企業にとって、体系的なアプローチが急務となっている。
複雑化するグローバルサプライチェーン
IMDの報告書によると、現代のグローバルサプライチェーンは、地政学的な緊張、インフレによるコスト上昇、労働力不足など、複数の脅威に同時にさらされている。特に半導体業界では、特定地域への生産依存や長い製造リードタイムといった構造的な脆弱性が指摘されており、一つの障害が世界的な供給不足に直結するリスクを抱えている。
企業経営者は、こうしたサプライチェーンの複雑性を正確に理解し、強靭性を高めるための戦略策定を迫られている。従来のコスト最適化だけを追求するモデルは限界を迎えつつあり、安定供給とリスク分散を両立させる新たなパラダイムが求められているのが現状だ。
ヘンケル幹部が提唱する「システム思考」
こうした課題に対し、ヘンケルで消費財部門のサプライチェーン担当役員を務めるDirk Holbach氏は「システム思考」の重要性を訴える。同氏は100億ユーロ(約1.7兆円)を超える事業のサプライチェーンを統括する専門家だ。
システム思考とは、サプライチェーンを個別の機能の集合体としてではなく、相互に影響し合う一つの動的なシステムとして捉えるアプローチである。これにより、一部分の変更が全体に及ぼす影響を予測し、予期せぬリスクへの対応力を高めることが可能になる。Holbach氏は、この体系的な視点こそが、複雑な課題を乗り越える鍵だと強調する。
半導体業界における重要性
ヘンケルは消費財だけでなく、半導体製造に使われる接着剤や封止材などを手掛ける大手サプライヤーでもある。そのため、Holbach氏の提言は半導体業界にとっても極めて重要だ。半導体サプライチェーンは、設計、製造、後工程、素材供給など、多数の専門企業が複雑に絡み合って形成されている。
この巨大なシステム全体を俯瞰し、ボトルネックや潜在的なリスクを特定するには、システム思考が不可欠となる。例えば、一社の素材供給が滞った場合の影響範囲をシミュレーションし、代替調達先の確保や在庫戦略の最適化を事前に行うといった対策が考えられる。デジタルツインなどの技術を活用し、サプライチェーン全体を可視化する取り組みも有効だ。
日本の関連性
IMDの報告書が警鐘を鳴らすサプライチェーンの複雑化は、日本の製造業、特に半導体関連企業に直接的な影響を及ぼす。独化学大手ヘンケルが消費財部門のサプライチェーン担当役員Dirk Holbach氏が提唱する「システム思考」は、日本企業が直面する課題解決に具体的な示唆を与える。
第一に、半導体業界における日本の素材・装置メーカーは、特定地域への生産依存や長い製造リードタイムといった構造的な脆弱性に対し、より強固なリスク分散戦略を迫られる。例えば、信越化学工業や東京エレクトロンのような企業は、単一市場への過度な依存を見直し、複数拠点での生産体制や代替供給網の構築を加速させる必要がある。これは、予期せぬ地政学リスクや災害による供給停止リスクを軽減し、安定供給能力を向上させる機会となる。
第二に、ヘンケルのHolbach氏が統括する100億ユーロを超える事業規模からもわかるように、サプライチェーンの全体最適化はコスト削減だけでなく、事業継続性そのものに直結する。日本企業は、過去のコスト最適化一辺倒の戦略から脱却し、サプライチェーン全体のレジリエンス(回復力)を高める投資を優先すべきである。具体的には、デジタルツイン技術の導入によるサプライチェーンの可視化や、AIを活用した需要予測・在庫管理の高度化を通じて、潜在的なボトルネックを事前に特定し、迅速な対応を可能にする体制を構築することが求められる。これは、国際競争力を維持・向上させる上で不可欠な要素となる。