ヒューマノイドロボットを成立させる3層――波動歯車(ハーモニックドライブ)アクチュエーター、エヌビディアGR00T/Jetson Thorの計算基盤、6軸力覚センサー――の動作原理と型番を解剖。Figure 02のBMW3万台稼働と多社並立の実態を、技術レポートの精度で読み解く。

ヒューマノイドロボットが研究室の実演から工場の戦力へ移った分岐点は、2025年のBMW量産ラインでの連続稼働にある。Figure AIの「Figure 02」はサウスカロライナ州スパルタンバーグのX3ボディショップで11カ月稼働し、部品9万点超を扱って3万台超の生産に関与した(BMW・Figure、2025年11月)。だが完成車を組むロボットの価値は、機体ブランドよりも、その身体を成り立たせる三つの基盤層――関節を回すアクチュエーター、判断を担う計算基盤、接触を測るセンサー――に偏在する。本稿は各層の動作原理と型番を分解する。

ASIMOから40年、Figure 02のBMW稼働

ホンダが二足歩行ロボットの研究に着手したのは1986年の「E0」で、1歩に15秒を要する静歩行から始まった(ホンダ技術史)。完成形の「ASIMO」は2000年11月20日の発表で、身長120cm・体重43kg、階段昇降と毎時最大9kmの走行をこなした。技術的完成度は高かったが、生産的な労働は一切担えなかった。可動の達成と、現場で対価を生む作業の達成は、まったく別の工学だったからである。

40年を隔てた到達点が、Figure 02のBMW稼働だ。スパルタンバーグでの11カ月で、鈑金パネルの投入・搬送という特定工程を反復し、1,250時間超を積み上げた(Figure、2025年11月)。重要なのは台数ではなく、人件費の発生する実作業を産業ラインで連続して肩代わりした点にある。ホンダの実演が「歩けるが働けない」を象徴したのに対し、Figure 02は「特定工程なら稼げる」段階を実証した。両者を分けたのは脚の機構ではなく、後述する計算基盤とセンサーの成熟である。

なぜアクチュエーターが最大の難所か

ロボットの関節を動かすアクチュエーターは、部品表(BOM)の25〜40%を占める最大の単一コスト要素であり、ここを制した供給者が機体ブランドの勝敗と無関係に価値を取る。中核は波動歯車減速機で、波動発生器(楕円カム)・フレクスプライン(薄肉鋼カップ、外歯)・サーキュラスプライン(剛性内歯)の三部品から成る(Harmonic Drive社)。フレクスプラインはサーキュラスプラインより歯が2枚少なく、楕円で押し広げられて長軸両端の2点で噛み合う。波動発生器が180度回るごとにフレクスプラインは1歯ずつずれ、1回転で2歯動く――この差動で、単段で30:1〜320:1という高減速比とバックラッシュ(歯間の遊び)ゼロを同時に実現する。金属の弾性変形を利用するこの方式が、精密組立に不可欠な位置決め精度を生む。

産業構造を見ると、ナブテスコがRV(回転ベクトル)減速機で世界シェア約35%、2024年に160万台超を供給する単独最大手で、ヒューマノイド需要を見込み2026年までに生産能力を倍増する計画だ(同社)。RV減速機は基部・肩など高荷重関節に、波動歯車は前腕・手首・手先に配置される使い分けが定着している。2025年の精密減速機市場ではRVが約42.5%、波動歯車が約35.2%を占め、いずれも日本のナブテスコとハーモニック・ドライブ・システムズが上位を握る。組立工程の最下流で精度を律するこの層は、模倣が難しく交代も遅い。

波動歯車(ハーモニックドライブ)とは

  • 波動歯車(波動歯車装置)とは、金属の弾性(たわみ)を活用した精密減速機です。ハーモニックドライブ®の通称としても知られています。
  • 楕円形の部品(ウェーブジェネレーター)が柔らかいカップ状歯車(フレクスプライン)を変形させ、固定された円形内歯車(サーキュラスプライン)と噛み合わせることで、1段で非常に大きな減速比を実現します。バックラッシュ(遊び)がほぼゼロで、高精度・コンパクト・軽量という特徴があります。
  • 主に産業用ロボットの関節部や精密機器で広く使われています。

力覚センサーとは

  • 力覚センサーとは、物体に加わる力(Force)と回転の力(トルク・モーメント)を検知するセンサーです。主に6軸力覚センサー(X・Y・Zの3方向の力+各軸周りの3方向のトルク)が一般的で、人間の「触力覚(触った感触や力加減)」をロボットに与えます。
  • ロボットの手先に取り付け、微妙な力の変化をリアルタイムで測定・制御することで、精密組み立て・挿入作業・研磨・把持などの熟練作業を自動化します。バックラッシュや位置ずれを吸収し、部品を傷つけずに扱えるのが大きな特徴です。

GR00TとJetson Thorが動かす「脳」

身体が整っても、何をどう動かすかを決める計算基盤がなければ作業は成立しない。エヌビディアは訓練・推論・機上計算を垂直統合し、画像が「ロボット版AWS」と呼ぶ位置を取りに来た。基盤モデルのIsaac GR00T N1は20億パラメータの視覚・言語・行動モデルで、場面と指示を解釈する遅い思考(VLM)と、毎秒10回で運動指令を出す速い思考(拡散トランスフォーマー)の二系統を持つ(エヌビディア、GTC 2025)。訓練はシミュレーターIsaac Lab上で行い、物体の摩擦や照明を乱数で揺さぶる領域ランダム化で、仮想と現実の溝を埋める。

機上推論を担うのが2025年8月25日発売のJetson Thorだ。Blackwell世代GPUで2,070 FP4 TFLOPS(疎)・1,035 FP8 TFLOPS(密)、128GBのLPDDR5X(帯域273GB/秒)、14コアのArm Neoverse V3AE、消費電力40〜130Wを備える(エヌビディア)。前世代AGX Orin比でAI性能7.5倍・電力効率3.5倍という世代間の飛躍が、数十億パラメータのモデルを電池駆動の機体内でリアルタイム実行可能にした。ここがロボットの自律性を律する律速だった。

「触れて感じる」力覚・触覚の壁

精密組立をヒューマノイドが阻まれてきた最大の技術的隘路は、接触力を「感じる」能力の欠落にある。ボルトのねじ込み、コネクタ挿入、布の折り畳みは、視覚だけでは届かず、力の大きさと向きの瞬時把握を要する。これを担うのが6軸の力覚センサーで、3方向の力(Fx/Fy/Fz)と3軸のトルク(Tx/Ty/Tz)を同時に測る。1個のひずみゲージは1方向しか測れないため、弾性体(マルタ十字状の起歪体)に12個以上のゲージを貼り、荷重で生じる微小変形を抵抗変化として読む。

業界標準のATIインダストリアル・オートメーション(ノヴァンタ傘下)は、シリコンひずみゲージを用い、従来の箔ゲージ比で約75倍の信号強度とほぼ無雑音を実現する(同社)。製品系列はNano17からAxia80、Omega331まで用途別に分かれ、産業用ロボットからヒューマノイドへ展開が進む。触覚側では静電容量・抵抗・光学方式の触覚アレイが指先の圧力分布を捉え、滑りや微妙な把持力の検知で「最後の数センチ」を埋める。モラベックが1988年に指摘した「知能検査は易しく知覚運動は難しい」という逆説が、いまもこの層に凝縮している。

なぜBMWは欧州で別の機体を選んだか

スパルタンバーグの成功は、そのままFigureの欧州独占を意味しなかった。BMWは2025年12月、ドイツのライプツィヒ工場で初の人型ロボット稼働を始めたが、採用したのはFigureではなくスイスのヘキサゴン社が2025年6月に発表した「AEON」で、2026年夏の本格パイロットを予定する(BMWグループ)。同社は「物理AI生産コンピテンスセンター」を新設し、複数ベンダーを並行評価する体制を敷いた。

この多社並立は、人型ロボットが単一プラットフォームに収れんする「iPhoneの瞬間」にはまだ届いていないことを示す。iPhoneがカメラや音楽プレーヤーを一台に統合し単一の開発基盤を確立したのに対し、現在のヒューマノイドは機体OEMが乱立し、共通化が進むのは下層の計算基盤(エヌビディア)と減速機(日本2社)に偏る。記者の観察では、勝者を機体ブランドで当てる賭けより、どのブランドが勝っても売れる基盤層を見る方が、産業構造の理解として堅い。BMWが2拠点目で別機体を選んだ事実が、その非対称性を裏づけている。

衛星と計算基盤をめぐる陣営図

数十億の自律機械が現実で動く時代には、機体を結ぶ通信網と、末端で推論を回すエッジ計算が不可分になる。ここでは技術と陣営の構図だけを整理する。Jetson ThorのCPUがArm Neoverse V3AEである事実が示すように、ロボット計算層の根にはソフトバンク傘下のArmの設計資産が横たわる。機体OEMが誰であれ、Armの命令セットが下敷きになる構図は、減速機での日本2社の位置と相似形だ。

ソフトバンクは2017〜2020年にボストン・ダイナミクスを保有し(現在は現代自動車傘下)、Pepperを世に出すなどロボティクスに長い関与を持つ。孫正義氏はオープンエーアイ、オラクルと組む大規模データセンター計画(スターゲート)の中核にあり、サム・アルトマン氏の陣営に深く組み込まれている。一方のイーロン・マスク氏はテスラの人型ロボット「Optimus」で関節アクチュエーターまで内製化し、xAIで頭脳を、そして衛星通信のスターリンクで接続層を握る垂直統合を進める。スターリンクは2022年10月にアジア最初に日本へ参入しKDDIと組む一方、NTTとソフトバンクは別経路の非地上系網で対峙する。孫氏とマスク氏は過去に出資交渉が不発に終わった経緯があり、スターゲートでアルトマン陣営に深く立つ孫氏が、Optimusを抱えるマスク氏側へ改めて資本を投じる展開は、陣営の整合から見て起こりにくい――これは現時点の構図から読み取れる記者の観察である。

日本企業が直面する選択

機会の一つは、交代の遅い機械層での地歩にある。ハーモニック・ドライブ・システムズとナブテスコが波動歯車・RV減速機で世界上位を占め(2025年で合算7割超)、機体ブランドの勝敗と無関係に全OEMへ供給できる位置は、半導体製造装置で日本が握る「どの陣営にも売れる中立性」と同型だ。もう一つは、ソニーの画像センサーやニデックのモーターなど、力覚・触覚・駆動の周辺で蓄積した精密部品の厚みである。

リスクも同じ層に潜む。第一に、蘇州緑的諧波(グリーン・ハーモニック)など中国勢が価格を武器に波動歯車で急速にシェアを伸ばし、汎用域から日本勢を侵食し始めている。第二に、テスラがOptimus向けにアクチュエーターを内製化したように、機体OEMの垂直統合が部品の外販市場そのものを縮める可能性がある。第三に、頭脳と基盤の標準がエヌビディア(Arm基盤)へ集中するなか、日本が部品で強くても基盤層の主導権を取れなければ、価値配分の上流を押さえられない。記者の見立てでは、日本の選択は「機械層の優位を守る」だけでなく、力覚センサーや関節モジュールの標準化で上位レイヤーへ食い込めるかにかかっている。