イラン首都テヘランへの空爆は、中東の地政学リスクを再び先鋭化させた。この攻撃は軍事衝突に留まらず、世界の半導体供給網に新たな不確実性をもたらす。イラン製ドローンに搭載される半導体の調達経路と、世界の原油・天然ガスの要衝であるホルムズ海峡の封鎖リスクという二つの経路を通じて、日本の基幹産業にも影響が及びかねない。本稿では、軍事行動の裏側で進行する技術覇権の攻防と、日本企業が直面するサプライチェーンの脆弱性を定量データに基づき分析する。
テヘラン攻撃とドローン部品の経路
2月28日に報じられたテヘランへの攻撃は、イスラエルとイランの長年にわたる「影の戦争」が新たな段階に入った可能性を示唆する。イランの核開発や代理勢力への支援に対する牽制と見られるが、その背景にはイランの軍事技術、とくに無人航空機(ドローン)の高度化がある。ウクライナ紛争でロシア軍が使用する「シャヘド136」などがその代表例だ。これらの兵器は、高度な軍用半導体ではなく、国際市場で容易に入手可能な民生品を巧みに組み合わせている点が特徴である。英国の紛争兵器研究所(CAR)が2023年11月に公表した報告書によれば、撃墜されたイラン製ドローンからは、米テキサス・インスツルメンツ(TI)製の電力管理集積回路や、スイスSTマイクロエレクトロニクス製のマイクロコントローラー(マイコン)が発見されている。これらの部品は本来、家電や自動車向けに設計されたもので、軍事転用を前提としていない。この事実は、半導体の国際的な流通管理網に深刻な抜け穴が存在することを示している。米国商務省産業安全保障局(BIS)は、イランのドローン開発に関与したとして過去3年間で150以上の企業や個人をエンティティ・リストに追加したが、迂回輸出は後を絶たないのが実情だ。
半導体の密輸網はなぜ防げないのか
軍事転用可能な民生品、いわゆるデュアルユース品の輸出管理はなぜ機能不全に陥るのか。最大の理由は、サプライチェーンの複雑性と、規制対象外の旧世代半導体の存在である。先端半導体は製造装置や設計ソフトウエア(EDA)の段階で厳しく管理される一方、ドローン制御などに使われるマイコンやアナログ半導体は、200mm(8インチ)以下のウエハーで製造される旧世代品が多い。台湾の調査会社トレンドフォースによれば、8インチウエハー対応の半導体製造能力は2025年まで年率3%程度の増加が見込まれ、市場は依然として巨大だ。これらの製品は販売代理店やオンライン商社を通じて世界中に流通しており、最終使用者(エンドユーザー)を特定するのは極めて困難である。米国政府の報告によれば、イランへの密輸ルートは香港、アラブ首長国連邦(UAE)、トルコなどを経由する多層的なネットワークを形成している。正規の販売代理店から購入した商社が、複数のダミー会社を介して貨物を転送することで、輸出管理当局の追跡を振り切る。半導体メーカー側も、数次代理店以下の流通経路を完全に把握することは事実上不可能であり、意図せぬ形で自社製品が紛争に利用されるリスクを常に抱えているのが現状だ。
ホルムズ海峡、物流遮断の経済衝撃
イラン情勢の緊迫化がもたらす最大の経済リスクは、世界エネルギー供給の大動脈であるホルムズ海峡の機能不全だ。国際エネルギー機関(IEA)が2024年2月に発表した統計によると、2023年には日量平均2100万バレルの原油がこの海峡を通過しており、これは世界の石油海上輸送量の約2割に相当する。液化天然ガス(LNG)に至っては、世界の海上輸送量の約3分の1が依存する。仮にイランが海峡封鎖という強硬手段に出れば、原油価格は1バレル150ドル以上に急騰するとの予測も市場にはある。これは半導体産業にとって二重の打撃となる。第一に、製造コストの直撃だ。半導体工場は「電気の怪物」と呼ばれ、台湾積体電路製造(TSMC)の2022年の電力消費量は211億キロワット時と、台湾全体の電力消費量の約7.5%を占めた。エネルギー価格の高騰は、そのままチップの製造原価に跳ね返る。第二に、部材供給網の寸断である。日本企業が世界シェアの約6割を握るシリコンウエハー(信越化学工業、SUMCO)や、約9割を占めるEUVフォトレジスト(JSR、東京応化工業など)をはじめ、多くの半導体材料は海上輸送に依存する。ロンドン保険市場の合同戦争委員会(JWC)が指定する危険水域の保険料率は、情勢悪化で数倍に跳ね上がる可能性があり、サプライチェーン全体のコスト増とリードタイム長期化は避けられない。
「迂回生産」という新たな潮流
米中対立を起点とする技術分断は、イランを巡る地政学リスクによってさらに複雑な様相を呈している。米国による先端半導体および製造装置の対中輸出規制は、中国企業に代替供給網の構築を促した。その結果、規制対象外である28ナノメートル以上の成熟・旧世代半導体の生産能力を中国が急拡大させている。米調査会社ガートナーの2024年1月の予測では、世界の成熟半導体(28ナノ以上)生産能力に占める中国のシェアは、2023年の31%から2027年には39%に達する見込みだ。この「迂回生産」された半導体が、正規のルートを経ずに第三国へ輸出され、イランのような国家の手に渡る可能性は否定できない。実際に、米国防総省は2023年12月の報告書で、中国製の民生品がロシアの軍事装備品から多数発見されたと指摘している。これは、米国の規制が意図せざる形で、管理の及ばないグレーな半導体市場を拡大させ、イランのような国々を利する結果につながりかねないという皮肉な構造を示している。この現象は、もはや単なる米中の覇権争いではなく、西側の技術管理体制そのものが試される新たな局面に入ったことを物語る。
日本企業が直面する選択
中東情勢の緊迫化は、日本の半導体関連企業に地政学リスクを前提とした事業戦略の見直しを迫る。ホルムズ海峡の不安定化は、エネルギーコストや物流費の増大に直結する。これに対し、製造拠点のエネルギー源の多様化や、主要市場での地産地消を推進する動きが加速する可能性がある。例えば、シリコンウエハー大手のSUMCOは、佐賀県に新設する工場の電力源として、再生可能エネルギーの比率を高める方針を示している。また、デュアルユース品の管理強化という国際的な要請は、企業にとって新たなコンプライアンスコストとなる。自社製品の最終用途を可能な限り追跡する「Know Your Customer's Customer (KYCC)」の徹底が求められるが、グローバルに広がる複雑な販売網を完全に捕捉するのは至難の業だ。輸出管理体制の強化と、事業機会の損失との間で難しい舵取りを迫られることになる。経済産業省が2023年7月に施行した先端半導体製造装置の輸出管理強化は、こうした国際的な潮流に沿ったものだが、今後は成熟・旧世代品や部材に至るまで、より広範な管理体制の構築が議論される可能性がある。日本企業は、自らが持つ高い技術力が意図せず紛争に加担することのないよう、サプライチェーンの透明性向上と、より精緻なリスク管理体制の構築という重い課題に直面している。