イランの政情不安が、世界の半導体供給網に新たな不確実性をもたらしている。通貨リヤルの暴落を発端とする抗議活動の拡大は、世界の石油輸送の要衝であるホルムズ海峡の地政学リスクを増幅させ、原油価格を高騰させる直接的な要因となり得る。これは台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子などが稼働させる先端半導体工場の製造コストを押し上げる。特に、極端紫外線(EUV)露光装置に代表される電力多消費型の次世代製造技術の採算性を揺るがし、サプライチェーンの上流に位置する日本の半導体素材・装置メーカーの事業戦略にも修正を迫る可能性が浮上している。

「1ナノ級」へ向かう工場の電力需要

先端半導体製造は、本質的に電力集約型の産業である。回路線幅が5ナノメートル(nm)から2nm、さらに将来の1nm級へと微細化が進むにつれ、製造工程で消費される電力量は指数関数的に増加する傾向にある。台湾のTSMCが2023年に消費した電力量は210億キロワット時を超え、台湾全体の総発電量の約7.5%に達したとの試算もある。この巨大な電力需要の中心にあるのが、微細な回路パターンを形成するリソグラフィー工程、とりわけEUV露光技術である。オランダASMLが独占供給する現行の主力機「NXE:3800E」は、1台稼働させるだけで約1.5メガワットの電力を消費する。これは、錫(すず)の微粒子に高出力レーザーを照射して13.5nm波長のEUV光を生成する際のエネルギー変換効率が0.1%未満と極端に低い物理的原理に起因する。TSMCやサムスン電子の先端工場では、この装置が数十台単位で24時間稼働しており、工場全体の電力消費の3割以上を占める例も少なくない。さらに、ASMLが2025年以降の量産投入を目指す次世代の高NA(開口数0.55)EUV露光装置「EXE:5200」は、消費電力が1台あたり2メガワットに迫るとされ、電力問題はさらに深刻化する見通しだ。

なぜホルムズ海峡が半導体工場の急所なのか?

一見無関係に見える中東の地政学リスクが、なぜ台湾や韓国、日本の半導体工場の運営を直接脅かすのか。その答えは、世界のエネルギー供給網におけるホルムズ海峡の特異な位置にある。米エネルギー情報局(EIA)が2024年2月に公表した報告書によれば、世界の海上輸送される石油類(原油および石油製品)の約21%がこの狭い海峡を通過する。特に、半導体産業が集積する東アジア諸国はエネルギー供給を中東に大きく依存している。経済産業省資源エネルギー庁の2023年度統計によると、日本の原油輸入に占める中東依存度は94.5%に達し、韓国や台湾も8割前後を中東からの輸入に頼る構造だ。イラン情勢の緊迫化によるホルムズ海峡の航行障害や封鎖は、即座に原油価格の急騰を引き起こす。また、液化天然ガス(LNG)の価格も多くが原油価格に連動して決定されるため、火力発電の比率が高いこれらの国々では、電力料金が直接的に跳ね上がる。半導体工場にとって電力は単なるインフラではなく、ウエハー一枚あたりの製造原価を左右する最大の変動費の一つである。このため、ホルムズ海峡の安定は、先端半導体の安定供給を支える生命線と同義なのである。

TSMC、サムスンが描く最悪の筋書き

半導体受託製造(ファウンドリ)の世界最大手であるTSMCは、年次報告書の中でエネルギー価格の変動を主要な経営リスクの一つとして明記している。同社の内部試算では、原油価格が1バレルあたり150ドルまで高騰し、その状態が半年以上継続するシナリオを想定している。この場合、台湾の電力料金が段階的に40〜50%上昇すると見込まれ、TSMCの製造原価全体を5〜8%押し上げる可能性があると分析されている。これは1枚数万ドルに達する先端プロセス品の収益性を著しく悪化させる水準だ。このコスト増を顧客である米アップルやエヌビディアの製品価格にすべて転嫁することは困難であり、ファウンドリ自身の利益率を圧迫する。競合するサムスン電子や米インテルも同様のリスクに直面しており、エネルギー価格の高騰は、各社が進める大規模な設備投資計画の採算性評価にも影響を及ぼす。調査会社TrendForceは2025年1月のリポートで、中東発のエネルギー価格高騰が現実化した場合、2025年後半の半導体市場の成長率予測を現行の前期比4.7%増から2.1%増へ下方修正する可能性があると指摘した。これは、半導体需要そのものが減退するリスクを示唆している。

日本の装置・素材産業への余波

エネルギー価格の上昇は、顧客である半導体メーカーのコスト構造を悪化させるだけでなく、サプライチェーンの上流に位置する日本の製造装置・素材メーカーにも二重の圧力となる。第一に、顧客の収益悪化や投資計画の見直しは、装置や素材の新規受注の減少に直結する。特に、東京エレクトロンが強みを持つ成膜装置や、SCREENホールディングスが世界シェア首位を握るウエハー洗浄装置は、いずれも高温プロセスや純水循環のために多くの電力を消費する。顧客側で省エネルギー化への要求が強まれば、装置の仕様変更やエネルギー効率をめぐる価格競争が激化する可能性がある。第二に、素材メーカー自身の製造コスト増だ。信越化学工業とSUMCOで世界シェアの約6割を占めるシリコンウエハーは、原料の多結晶シリコンを高温で溶融し、単結晶インゴットとして引き上げる工程で膨大な電力を必要とする。JSRや東京応化工業などが世界市場を席巻するフォトレジストも、精密な温度・湿度管理下での化学合成プロセスが電力多消費型である。これらのメーカーが電力コストの上昇分を製品価格に転嫁しようとすれば、半導体メーカーとの間で厳しい価格交渉が避けられない。日本のものづくりが誇る高品質な素材・装置も、エネルギーという根源的なコスト要因の変動と無縁ではいられない。

日本企業が直面する選択

イラン情勢の緊迫化は、単なる中東の地域紛争ではない。それはホルムズ海峡という隘路(あいろ)を通じて、世界の先端技術産業、とりわけ半導体サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにした。日本の関連企業にとっては、短期的なリスク管理と長期的な構造変革という二つの課題が突きつけられている。短期的には、エネルギー価格の変動を吸収するための価格戦略の見直しや、顧客とのコスト分担交渉が急務となる。ヘッジ取引や代替エネルギー源の確保といった財務・調達戦略の再点検も必要だ。しかし、より本質的な課題は、長期的な視点での事業構造の強靭化である。例えば、製造装置メーカーは、装置単体の性能向上だけでなく、消費電力を半減させるような革新的な省エネルギー技術の開発に経営資源を重点的に投下する必要性が高まる。素材メーカーにとっては、国内の生産拠点のエネルギー効率を極限まで高めるとともに、電力コストが相対的に安価で安定している地域、例えば再生可能エネルギーが豊富な米国などでの生産を拡大することも現実的な選択肢となる。地政学リスクが常態化する世界において、エネルギー効率という指標は、技術的な優位性や品質と並ぶ、新たな競争力の源泉となりつつある。その変化に対応できるかどうかが、日本企業の未来を左右することになるだろう。