AIデータセンター間を結ぶ長距離光通信(DCI)需要の激増で、再評価が進むノキア。インフィネラ買収による米国での光チップ生産やエヌビディアとの連携を軸に、シエナとの覇権争いと日本企業の商機を検証する。

かつて携帯電話市場の絶対王者でありながらスマートフォンの台頭を見誤り、表舞台から退いたフィンランドのノキアが、生成AI(人工知能)のインフラ需要を追い風に劇的な復活を遂げている。AIクラスタの巨大化に伴う電力制約を背景に、分散したデータセンター間を結ぶ長距離光通信(DCI)の需要が急増。同社は米インフィネラの買収を通じて米国本土に光学チップの生産拠点を確保し、従来の通信設備メーカーから「AI光ネットワーク企業」へと変貌を遂げつつある。時価総額は2026年5月時点で約850億ドルに達し、市場における再評価の波が本格化している。

電力制約が促す長距離相互接続の急拡大

生成AIの訓練や推論を支える計算基盤の急速な拡大に伴い、単一のデータセンターで必要な電力、土地、冷却設備を賄うことが物理的に困難になっている。この制約を解決するため、複数のデータセンターに計算処理を分散・連携させる「クロスデータセンター訓練」が2026年現在、産業界の標準的な手法となった。米マイクロソフトが過去の光通信関連の国際学会(OFC)で開示した事例によれば、同社のクラウド基盤「Azure」では既に5万個を超える長距離用の「400ZR」コヒーレント光モジュールを展開しており、ハイパースケーラー1社の調達量が過去の主要通信事業者の累積導入量を上回る規模に達している。

米調査会社デルオロのデータによると、2025年の世界光伝送市場は前年比10%増の約160億ドル規模であったが、2026年5月には同年の通年成長率予測を16%増へと上方修正し、市場規模は2000年以来初めて180億ドルを突破する見通しだ。この成長を牽引するのが、数キロメートルから数千キロメートルに及ぶ都市間・地域間のデータセンター間相互接続(DCI)領域である。現在、北米の主要なAIインフラ投資の恩恵を享受できるプレイヤーは地政学的な排除リスクのない欧米勢に限られており、市場シェアは米シエナが約35%、ノキアが約25%を握る二大寡占状態が形成されている。

インフィネラ買収による米国生産網の獲得

ノキアの光ネットワーク事業は、かつて買収した仏アルカテル・ルーセントの資産を源流とするが、2024年6月に発表した米インフィネラの買収(企業価値23億ドル)によってその性質を完全に変えた。インフィネラはカリフォルニア州サニーベールに自社ウエハー工場を保有し、化合物半導体プロセスを用いて光子集積回路(PIC)を内製化できる米国本土でも極めて希少な企業である。2024年10月には米商務省からCHIPS法に基づく9300万ドルの資金交付を受けて生産能力を拡大しており、ノキアはこの買収によって経済安全保障上の「米国産光学チップ」の供給網を手に入れた。

この戦略的統合の成果は財務データにも明確に表れている。インフィネラ連結に伴うネットワークインフラ部門の営業利益への影響は、2025年第2四半期時点で2000万ユーロの押し下げ要因であったが、同年第3四半期には1700万ユーロの黒字、第4四半期には4000万ユーロの黒字へと急回復した。第4四半期の数値を年換算すると約1億6000万ユーロとなり、同社が掲げる2027年までの2億ユーロの純シナジー効果目標の約80%を前倒しで達成しつつある。同社は同時に、AIインフラとの関連性が薄く資本集約的な海底ケーブル事業(アルカテル・サブマリン・ネットワークス)を2025年1月に剥離するなど、高成長領域への経営資源の集中を進めている。

エヌビディア出資と事業ポートフォリオ刷新

ノキアの構造転換を決定づけたのが、2025年10月に実施された米エヌビディアによる10億ドル(1株あたり6.01ドル)の出資である。公開された声明では、5G/6Gの無線アクセスネットワーク(RAN)にGPU計算基盤を融合させる「AI-RAN」での協業が主軸とされたが、米国証券取引委員会(SEC)への提出書類には、エヌビディアの将来のAIインフラアーキテクチャにノキアのデータセンター交換技術や光ネットワーク技術を導入する検討が含まれていることが明記された。これは、ノキアが将来的なAI計算コアのアーキテクチャに参入する権利を獲得したことを意味する。

同社は2026年1月、収益構造を「ネットワークインフラ」「モバイルインフラ」「投資ポートフォリオ」の3部門に再編し、AIおよびクラウド需要の受け皿となるネットワークインフラ部門を最前面に押し出した。2025年における光ネットワーク事業の通年純売上高は30億1900万ユーロに達し、前年の16億3600万ユーロから公表ベースで85%という爆発的な成長を記録。部門内で最大であったIPネットワーク(25億94億ユーロ)や固定アクセス(23億73億ユーロ)を抜き去り、名実ともにノキアの牽引役に躍り出た。全社売上高に占めるAI・クラウド顧客の比率も、2025年第2四半期の5%から2026年第1四半期には8%へと上昇している。

競合シエナとの技術・評価格差の現在地

2026年5月22日時点の株価終値15.47ドルを基にしたノキアの予想株価収益率(PER)は36〜42倍の水準にある。これは伝統的な通信設備メーカーである瑞エリクソンの15〜20倍に比べて明確なプレミアムが支払われているが、最大の競合であるシエナの予想PER(90〜100倍)と比較すると、市場の評価は依然として慎重だ。市場はシエナを純粋なAI光ネットワーク企業と見なす一方、ノキアには依然として成長率の低いレガシーな移動体通信事業が残っているためである。

技術面においても、シエナは3ナノメートルプロセスをベースとした「WaveLogic 6 Extreme」により単波長1.6T(テラビット)の大規模導入を進めており、メタと共同で1万6608キロメートルの海底ケーブル伝送記録を樹立するなどリードを保つ。対するノキアの「PSE-6s」は5ナノメートルベースの単波長1.2Tにとどまる。しかし、新興のAI専用クラウドプロバイダーである米コアウィーブがグローバルなバックボーンネットワークにノキアを採用するなど、大手ハイパースケーラーによるマルチベンダ戦略(複数購買)の恩恵を確実に吸収しており、同社は2026年第1四半期決算でネットワークインフラ部門の通年成長ガイダンスを当初の6〜8%から12〜14%へと引き上げた。

日本企業が直面する選択

データセンターの分散化に伴う長距離光通信(DCI)の拡張は、先端光学マテリアルや超高速測定の領域に強みを持つ日本企業にとって強力な追い風となる。コヒーレント光通信の心臓部となるインジウムリン(InP)基板や超低損失光ファイバーを供給する住友電気工業や、光増幅器用励起レーザーで世界有数のシェアを誇る古河電気工業、さらに1.2テラビット超の高速信号波形を検証する測定システムを手がけるアンリツなどの部材・試験装置メーカーは、北米市場のインフラ刷新の恩恵を直接的に受ける位置にある。しかし、米国政府によるCHIPS法を通じた製造業国内回帰への圧力や、半導体・光学部品に対する輸出規制の厳格化は、供給網の寸断リスクという重い課題を突きつける。日本のサプライヤーは、単なる部材供給にとどまらず、北米や欧州における地政学的な規制対応の体制を早期に構築し、需要急増に伴う過剰投資リスクを管理する慎重な舵取りが求められる。