サムスン電子が米テキサス州テイラー市で建設中の新半導体工場が、2024年後半にも稼働を開始する。総額170億ドル(約2.6兆円)を投じるこの拠点は、スマートフォン「iPhone」を手がける米アップル向けの先端CMOSイメージセンサー(光を電気信号に変える半導体)の供給を担う中核拠点となる見通しだ。世界シェア首位のソニーグループを猛追するサムスンが、米国内での大規模生産に踏み切ることで、日米韓の半導体供給網は新たな競争と協調の局面に入る。この投資は、日本の製造装置・素材メーカーには巨大な商機をもたらす一方、ソニーには自国市場での直接対決を迫るものとなる。
170億ドル工場の「最後の工程」
サムスンがテキサス州テイラー市に建設する新工場は、2024年後半の稼働開始に向け、最終準備段階に入った。同社がLinkedInなどで公表した求人情報によると、「ユーティリティ・フックアップ」と呼ばれる生産付帯設備の接続工事を管理する技術者の募集が活発化している。これは、クリーンルームの躯体工事が完了し、半導体製造装置の搬入と設置が本格化することを示す兆候だ。フックアップ工程は、製造装置に超純水や特殊ガス、電力を供給する配管・配線を接続するもので、工場全体の生産性を左右する。この段階の人材需要は、量産開始まで1年を切ったことを示唆する。
投資規模は、サムスンが2021年11月に公表した計画で170億ドルに上る。これは同社の海外投資としては過去最大級であり、米国CHIPS法に基づく補助金交付を見据えた戦略的判断である。テキサス州中央部のこの地域には、既存のオースティン工場に加え、テキサスA&M大学など理工系人材の供給源も豊富だ。米調査会社IC Insightsの2023年報告によれば、半導体企業の設備投資額でサムスンは世界2位の240億ドル規模を維持しており、今回の投資はその中核をなす。新工場では、回路線幅が4ナノメートル(ナノは10億分の1)級の先端論理プロセスを導入し、高機能なCMOSイメージセンサーや演算用半導体を製造するとみられる。この微細化水準は、現在ソニーが日本国内の工場で製造するセンサーのプロセスを上回る可能性がある。
なぜセンサー生産を米国に移すのか
サムスンがCMOSイメージセンサーの最先端生産拠点を米国内に設ける背景には、最大の顧客であるアップルとの関係強化と、地政学リスクの分散という2つの明確な目的がある。アップルはiPhone向け部品の調達で、特定企業への依存を避け、複数の供給元を確保する「マルチソース戦略」を徹底している。CMOSセンサー分野では長年ソニーが筆頭供給者の地位を占めてきたが、サムスンは自社の技術力と米国内での生産能力を武器に、その牙城を切り崩そうとしている。
仏調査会社Yole Groupの2023年調査によると、CMOSイメージセンサーの世界市場シェア(金額基準)はソニーが約42%で首位を独走し、サムスンは約19%で2位につける。しかし、サムスンは2億画素を超える超高解像度センサー「ISOCELL」シリーズを先行投入するなど、技術開発で猛追している。テキサス新工場が稼働すれば、アップルの設計・開発拠点に近い米国で直接連携し、次世代iPhone向けに最適化した製品を開発・供給する体制が整う。これは、日本から製品を輸送するソニーに対して地理的な優位性を持つ。また、米中対立の激化を受け、半導体供給網を米国内に回帰させようとする米国政府の政策にも合致する。CHIPS法による補助金は、170億ドルの投資負担を最大で15〜25%程度軽減する効果があるとされ、サムスンの価格競争力を高める要因となる。
鍵を握る日本の「洗浄」と「検査」
サムスンのテキサス新工場が計画通りに先端センサーを量産できるか否かは、日本の半導体製造装置・素材メーカーの技術力に大きく依存する。特に重要なのが、シリコンウエハーの清浄度を保つ「洗浄工程」と、回路の欠陥を検出する「検査工程」である。サムスンはテキサスでの求人において、ウェット洗浄(薬液を使う洗浄)やプラズマ洗浄の工程技術者を重点的に募集している。CMOSイメージセンサーは、光を取り込む画素部分が極めて微細な汚染(パーティクル)に弱く、製造工程全体の4割近くを洗浄関連工程が占めるとされる。
この洗浄装置で世界シェア首位を誇るのが日本のSCREENホールディングスだ。同社の2024年3月期決算資料によれば、半導体製造装置事業の売上高は4,606億円に達し、先端プロセス向けを中心に需要は堅調だ。サムスンの新工場には、同社の最新鋭の枚葉式洗浄装置「SU-3400」などが大量に導入されると見られる。また、回路パターンをウエハーに転写した後の微細な欠陥を検出するマスク検査装置では、レーザーテックが世界市場を独占する。同社のEUV(極端紫外線)リソグラフィ向け検査装置は、サムスンのような先端工場には不可欠な存在だ。これらの日本企業は、装置の納入だけでなく、現地の米国人技術者への操作指導や保守サービスも担うため、サムスンの垂直立ち上げを裏方として支えることになる。
ソニーを揺さぶる「2つの競争軸」
サムスンの米国進出は、CMOSセンサー市場の王者であるソニーグループに対し、「技術開発」と「価格競争」という2つの明確な挑戦状を突きつける。ソニーはこれまで、長崎県や熊本県の国内工場で積層型CMOSセンサー「Exmor RS」を生産し、その圧倒的な低照度撮影性能と読み出し速度でiPhoneのカメラ性能を支えてきた。ソニーセミコンダクタソリューションズの2024年3月期業績は、売上高が前年度比10%増の1兆6,030億円と過去最高を更新しており、その強さは揺らいでいない。
しかし、サムスンが米国内で4ナノ級の先端プロセスを駆使してセンサー生産を始めれば、状況は変わる可能性がある。より微細なプロセスは、センサーの画素部分と信号処理回路部分をより高度に集積することを可能にし、AI処理機能の搭載や消費電力の削減で優位に立つ可能性がある。ソニーも次世代センサーの開発を急ぐが、サムスンがアップルのお膝元で開発連携を深めることは大きな脅威だ。さらに、CHIPS法による補助金を得たサムスンが、価格面で攻勢をかける可能性も高い。アップルは常に供給元同士を競わせて調達価格を引き下げる交渉術に長けており、ソニーはこれまで以上の価格圧力に直面することが予想される。日本のサプライヤーも、この競争の余波を受け、コスト削減や性能向上の要求が厳しくなるだろう。
日本企業が直面する選択
サムスンによる米国での大型投資は、日本の半導体関連産業にとって、商機と試練を同時にもたらす構造変化の象徴だ。東京エレクトロンの塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)、ディスコの研削・切断装置(ダイサー)、信越化学工業やSUMCOが供給するシリコンウエハーといった日本の製品群は、サムスンの新工場が稼働するために不可欠な要素であり、その受注額は数百億円規模に達すると見込まれる。米国の半導体復活という国策が、結果的に日本の装置・素材メーカーのビジネスを潤す構図が鮮明になっている。
一方で、最終製品で競合するソニーにとっては、守城戦の難易度が増すことを意味する。これまでは国内での一貫生産による高い技術力と品質管理を強みとしてきたが、今後は地政学を絡めた供給網戦略も問われる。サムスンとアップルの連携深化に対抗するには、研究開発への投資を一段と加速させるとともに、顧客との関係をより緊密にする必要がある。場合によっては、ソニー自身も米国での後工程(組立・検査)拠点の設立などを検討する可能性も浮上してくる。
日米韓の半導体同盟が深化する中で、企業間の競争は国境を越えて激化している。日本の関連企業は、自社の技術がサプライチェーンのどの部分で価値を生んでいるかを冷静に分析し、国際的な協業と競争の両面で巧みな舵取りを続けることが求められる。サムスンのテキサス工場は、その戦略を練る上での重要な試金石となるだろう。