中国の半導体設計大手、海光情報技術とサーバー大手の中科曙光による合併計画が中止された背景には、米国の輸出規制強化という構造的な圧力がある。総額70億ドル(約1兆円)規模と目されたこの大型再編は、両社が米商務省の禁輸対象リストに掲載され、中核技術の供給源である米AMDとの関係が制約されたことが直接的な要因と見られる。中国が進める半導体国産化戦略が、外部技術への依存という構造的脆弱性から揺らいでいる実態が浮き彫りになった。この動きは、先端プロセスを支える日本の素材・装置産業にとっても、新たな事業環境の変化を意味する。
70億ドル再編、なぜ頓挫したか
海光情報技術と中科曙光が2023年12月9日に発表した合併計画の中止は、公式には「市場環境の重大な変化」を理由とする。しかし、その背後には米国の対中半導体規制という、より根源的な要因が存在する。中科曙光は海光情報の発行済み株式の約28%を保有する筆頭株主(2023年9月末時点)であり、今回の再編は、半導体設計(海光)とサーバー応用(中科曙光)の垂直統合を完成させ、開発効率と市場競争力を高める狙いであった。計画が公表された同年5月時点の時価総額に基づけば、70億ドルを超える巨大な国産半導体企業が誕生するはずだった。この計画が頓挫した最大の理由は、両社が米商務省産業安全保障局(BIS)のエンティティーリストに指定されていることにある。中科曙光は2019年6月に、海光情報は2022年10月の包括的な規制強化でリストに追加された。これにより、米国由来の技術や製品の調達が極めて困難になり、事業の先行き不透明感が合併交渉の前提を覆したと見られる。特に、海光のCPU事業の根幹が米AMDの技術に依存している点が致命傷となった。市場調査会社TrendForceの2023年12月の報告によれば、中国のサーバー向けCPU市場における国産品の占有率は依然として10%未満であり、IntelとAMDが支配的な地位を維持している。この状況下で技術供給の道を断たれたまま統合を進めても、相乗効果を発揮できないと経営陣が判断した可能性は高い。
基盤技術はAMD依存という隘路
海光情報の中核事業であるx86系CPUは、その成り立ちからして米国の技術に深く依存している。同社は2016年に米AMDと合弁会社を設立し、当時最新鋭だった「Zen」マイクロアーキテクチャのライセンス供与を受けた。この契約に基づき開発されたのが、サーバー向けCPU「Dhyana(禅定)」シリーズである。x86アーキテクチャは、長年にわたりパソコンやサーバー市場で築き上げられた膨大なソフトウェア資産との互換性が最大の強みであり、海光はこのエコシステムへの参入券をAMDから得ることで急成長した。同社の目論見書によれば、AMDへのライセンス料は総額2億9300万ドルに上る。しかし、この蜜月関係は2019年に中科曙光がエンティティーリスト入りしたことで終焉を迎える。AMDはBISの規制を順守するため、Zenアーキテクチャ以降の新規技術供与を停止。これにより、海光は第一世代Zenアーキテクチャ(14ナノメートル製造工程相当)を基にした改良に留まらざるを得なくなった。競合のAMDやIntelが7ナノ、5ナノへと微細化を進める中、海光の技術的陳腐化は避けられない。代替としてARMアーキテクチャや自国開発の命令セット(龍芯のLoongArchなど)も存在するが、x86との性能差や互換性の問題から、既存のサーバー市場を置き換えるには至っていない。海光の2022年度通期決算によれば、売上高の95%以上がx86系製品によるものであり、この単一技術への依存構造が、米国の規制によって最大の経営リスクへと変質した。
規制が炙り出す供給網の脆弱性
合併中止の背景には、半導体製造工程における中国の供給網の脆弱性も横たわる。海光は半導体工場を持たないファブレス企業であり、自社で設計したCPUの生産を台湾積体電路製造(TSMC)や米グローバルファウンドリーズといった外部の受託製造企業に依存してきた。主力製品は14ナノおよび12ナノメートル工程で製造されている。しかし、2022年10月の米国の規制強化は、14ナノ以下のロジック半導体を製造できる中国国内の施設への米国製装置・技術の輸出を厳しく制限した。この結果、海光が生産委託先を中国国内の最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)に切り替える動きも制約を受ける。SMICは7ナノ工程の技術を確立したとされるが、その生産能力や歩留まりはTSMCに遠く及ばず、何より生産に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置をオランダのASMLから調達できない。EUV露光は、波長13.5ナノメートルの光を用いて7ナノ以下の微細な回路パターンをシリコンウエハーに焼き付けるリソグラフィ工程の核心技術である。この装置の対中輸出は、米国の要請を受けたオランダ政府によって厳しく管理されている。さらに、露光工程で使われるフォトレジスト(感光材)はJSRや信越化学工業など日本企業が世界市場の約9割を占有。ウエハーの原材料である高純度シリコンも信越化学とSUMCOで世界シェアの過半を握るなど、製造の上流工程は日米欧の企業が支配している。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2023年統計では、中国の半導体製造装置の国産化率は20%台に留まっており、先端分野における海外依存からの脱却は道半ばである。
なぜ独立路線へ転換したのか?
合併による規模の追求を断念し、海光と中科曙光がそれぞれ独立した経営路線を維持すると決めたのは、米国の規制下で生き残るための現実的な選択と言える。巨大な単一企業として統合されれば、組織全体が米国の監視と規制の対象となり、わずかな違反がグループ全体の事業停止につながりかねない。それに対し、独立した事業体として分かれている方が、リスクを分散させやすい。例えば、一方の事業が特定の規制に抵触しても、もう一方が影響を免れる可能性がある。また、両社は「独立した市場志向の経営」を強調しており、これは国家主導の計画経済的な統合ではなく、個別の企業が市場競争を通じて技術力を磨くべきだという方針転換を示唆している。中国政府はこれまで、紫光集団に代表されるように、巨大な「国家王者」を育成することで半導体産業の垂直統合と自給率向上を目指してきた。しかし、過剰な投資と非効率な経営で紫光集団が経営破綻した教訓から、より現実的なアプローチに修正しつつあると見られる。海光は独立したCPU供給者として、中科曙光だけでなく、浪潮(Inspur)や新華三(H3C)といった他の国内サーバーメーカーにも製品を供給し、健全な競争を促す役割を担う。中科曙光もまた、海光以外のCPU(例えば、ARMベースの鯤鵬プロセッサーなど)を調達する選択肢を維持することで、調達先の多様化とリスク管理を図ることができる。これは、トップダウンの産業政策が米国の技術的封じ込めによって機能不全に陥った結果、ボトムアップの市場原理に活路を見出そうとする動きと解釈できる。
日本企業が直面する選択
海光と中科曙光の合併中止は、中国の半導体国産化戦略が転換点を迎えていることを示しており、日本の関連企業にも複雑な影響を及ぼす。巨大な国家連合企業の誕生が回避されたことで、短期的には市場の透明性が保たれ、個別の中国企業との取引機会が維持される側面がある。例えば、東京エレクトロンの成膜・エッチング装置や、SCREENホールディングスの洗浄装置、ディスコのダイシングソー(切断装置)といった汎用性の高い28ナノ以上の成熟プロセス向け製品は、米国の規制対象外であり、依然として中国市場が最大の輸出先だ。財務省が2024年1月に発表した貿易統計によれば、2023年の半導体製造装置の対中輸出額は前年比で約1.2倍に増加しており、成熟プロセス向けの需要が旺盛であることを示している。しかし、楽観はできない。両社が独立して競争することは、それぞれの技術開発が分散的に加速する可能性を意味する。海光がx86依存からの脱却を目指してRISC-Vや独自のアーキテクチャ開発に舵を切れば、新たなエコシステムが生まれ、将来的には日本の強みである素材・装置分野でも中国製の代替品が登場するかもしれない。日本企業は、日米の技術安全保障の枠組みを順守するという大前提のもとで、中国市場との関わり方を再定義する必要に迫られている。先端技術の流出を防ぎつつ、成熟分野でのビジネスをどう維持・拡大していくか。中国国内の企業再編や技術動向を精密に分析し、規制の範囲内で許容される事業と、将来のリスクとなりうる取引を峻別する複眼的な戦略が、これまで以上に重要となるだろう。
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