深圳・坪山区が、電気自動車(EV)と半導体の一大集積地として急速に変貌し、世界のサプライチェーンに構造変化を迫っている。地区の工業増加値は2023年に前年比15.9%増を記録。世界最大のEVメーカーであるBYD本社に加え、半導体受託製造大手SMICの最新鋭工場が稼働を開始した。この動きは、米中対立下で技術の自給自足を目指す中国の国家戦略を体現しており、日本の製造装置・先端材料メーカーに対して、新たな事業機会と無視できない地政学リスクを同時に突きつけている。

BYD城下町から「半導体特区」へ

深圳市の東部に位置する坪山区は、かつては広大な工業団地が広がる郊外地域に過ぎなかった。その姿を大きく変えたのが、1995年設立の電池メーカーから出発し、今や世界最大の電気自動車(EV)メーカーとなったBYD比亜迪汽車)である。同社がグローバル本社と主要な生産・研究開発拠点を構えたことで、坪山は「BYDの城下町」として発展。関連の部品・素材メーカーが集積し、巨大な自動車産業クラスターを形成した。しかし、近年の坪山の変貌はEV一色ではない。もう一つの国家戦略産業である半導体製造が、新たな成長の核として急速に浮上している。象徴的なのが、中国最大の半導体受託製造(ファウンドリ)企業、中芯国際集成電路製造SMIC)が建設した300ミリウエハー対応の新工場「SMIC深圳」だ。2022年末から段階的に生産を開始したこの工場は、総投資額23.5億ドルを投じ、最終的には月産4万枚の生産能力を目指す。深圳市政府の発表によれば、坪山区の2023年の工業増加値は前年比15.9%増と、深圳全体の伸び率6.2%を大幅に上回った。この急成長の牽引役が、BYDを中心とする新エネルギー車産業と、SMICが核となる半導体産業であることは疑いがない。EVの「頭脳」である車載半導体を、同じ地区内で設計・製造する垂直統合モデルの構築が、国家主導で進んでいる。

なぜ坪山は次世代産業を集積できるのか

坪山区がEVと半導体という二大戦略産業の集積地となり得た背景には、深圳市政府による強力な産業誘導政策が存在する。坪山は「国家ハイテク産業開発区」の中核園区に指定されており、進出企業は税制優遇や土地使用料の減免に加え、巨額の補助金を受けられる。SMIC深圳の建設計画では、深圳市政府系の投資会社が建設費の多くを拠出しており、民間企業単独では困難な大規模投資を可能にした。香港に隣接する地理的優位性も大きい。海外からの設備や部材の輸入、国際金融市場からの資金調達、そして海外で教育を受けた技術人材の獲得において、深圳は中国本土の他都市にない利便性を持つ。さらに、坪山から車で1時間ほどの距離には、通信機器最大手・華為技術(ファーウェイ)の本社があり、半導体の設計開発拠点も置かれている。ファーウェイは米国の制裁下で独自の半導体サプライチェーン構築を急いでおり、SMICはその中核を担う。設計(ファーウェイ傘下のハイシリコン)と製造(SMIC)の緊密な連携が、地理的な近接性によって促進される構造だ。中国政府が掲げる「製造強国2025」戦略において、半導体自給率は重要な目標とされる。米国の対中半導体輸出規制強化を受け、その重要性はさらに増している。坪山での集積は、単なる産業振興策ではなく、米国の技術覇権に対抗するための国家安全保障上の要請という側面を強く帯びている。

太陽光発電、もう一つの成長エンジン

坪山区の産業地図で、EVと半導体に並ぶもう一つの柱が新エネルギー分野、特に太陽光発電である。元記事で言及されたラプラス新エネルギー科技(Laplace)は、太陽電池セル製造の核心装置である低圧化学気相成長(LPCVD)装置やプラズマCVD装置を手掛ける新興企業だ。同社は、現在主流のPERC型太陽電池から、より変換効率の高いTOPCon型やHJT型への技術移行を支える装置で市場を席巻している。国際エネルギー機関(IEA)の2023年報告書によると、中国は太陽光パネルのサプライチェーン(ポリシリコン、ウエハー、セル、モジュール)の全段階で世界シェア80%以上を占める。この巨大な製造能力を背景に、装置産業も国内で急速に成長した。ラプラスのような新興企業が、坪山の産業支援策を活用して急成長し、かつて日本や欧州メーカーが独占していた市場の構図を塗り替えつつある。太陽電池セルの製造工程は、半導体の成膜・拡散工程と技術的な共通点が多い。例えば、TOPConセル製造で鍵となる超薄膜トンネル酸化膜と多結晶シリコン膜の形成には、半導体製造で培われた成膜技術が応用される。坪山に半導体と太陽光発電の産業が同時に集積するのは、こうした技術的親和性も一因とみられる。ただし、中国の太陽光パネル産業は、国内の過剰な設備投資による供給過剰と価格下落という課題に直面しており、欧米からは不公正な競争環境であるとの批判も高まっている。

SMIC深圳工場、その技術水準と限界

坪山で稼働するSMIC深圳工場は、中国の半導体国産化戦略の試金石となる存在だが、その技術水準には明確な限界がある。公式発表によれば、同工場が主に対象とするのは28ナノメートル(nm)以上の成熟・汎用プロセスだ。これは、スマートフォンやPCの頭脳である先端プロセッサーに必要な7nmや5nmといった最先端プロセスからは数世代遅れた技術水準である。この背景には、米国の輸出規制がある。最先端半導体の製造に不可欠な極端紫外線(EUV)リソグラフィー装置は、オランダのASMLが独占供給しているが、米国政府の要請を受けたオランダ政府の輸出許可が得られず、中国は導入できない。そのため、SMICはEUVより一世代前の液浸ArF(フッ化アルゴン)リソグラフィー装置を多重露光することで、限定的に7nm世代の製造に成功したとみられるが、これは歩留まりが低く、コストも著しく高い。TrendForceの2023年第4四半期の調査によれば、ファウンドリ市場におけるSMICの世界シェアは5.2%で5位。首位の台湾TSMC(61.2%)とは絶望的な差がある。SMIC深圳で量産される28nmや40nmの半導体は、主に車載マイコン、電源管理IC、イメージセンサーなどに用いられる。これらはEVや産業機器に大量に必要とされる半導体であり、先端品ではないものの、サプライチェーン上の重要性は高い。中国の狙いは、最先端分野での競争をひとまず回避しつつ、まずは自給が可能な汎用半導体の国内生産能力を固め、経済安全保障の基盤を確立することにある。坪山の工場は、この現実的な国家戦略を担う拠点と言える。

日本企業が直面する選択

深圳・坪山における中国の製造業強化の動きは、日本の関連企業に複雑な選択を迫る。短期的には、SMICBYD、太陽電池メーカーによる大規模な設備投資は、日本の製造装置・材料メーカーにとって大きな事業機会となる。半導体製造に不可欠なフォトレジスト(感光材)では、JSRや信越化学工業、東京応化工業など日本企業が世界市場で約9割のシェアを握る。シリコンウエハーでも信越化学とSUMCOで世界シェアの約6割を占める。米国の規制対象外である成熟プロセス向けの装置や材料については、当面、中国向け輸出が続くとみられる。実際、日本の半導体製造装置の輸出額は、2023年に中国向けが全体の4割を超え、最大の仕向け地となった(日本半導体製造装置協会調べ)。しかし、この活況は構造的なリスクを内包する。第一に、米国の規制が今後、成熟プロセス向けの装置や材料にまで拡大される可能性だ。2024年に入り、米国政府は日本やオランダに対し、既存装置の保守サービス停止など、規制強化への同調を求めている。第二に、中国国内での装置・材料メーカーの育成である。ラプラスの例が示すように、中国は「輸入代替」を国策として強力に推進しており、現在は日本が優位を持つ分野でも、いずれ中国企業が競合として立ちふさがる可能性は高い。日本企業は、目先の巨大市場での収益を追求するのか、それとも米国の同盟国としてサプライチェーンから中国を切り離す「デカップリング」の動きに与するのか。あるいは、技術の流出リスクを管理しながら中国市場に関与し続ける第三の道を探るのか。坪山の急速な発展は、そうした地政学的な踏み絵を、日本の経営者に突きつけている。もはや一企業の商取引として判断できる問題ではなく、国家の経済安全保障戦略と密接に連携した経営判断が不可欠となっている。