中国のスマートフォン市場は、米国の技術規制下で先端半導体の調達が困難になり、2023年の出荷台数が過去10年で最低水準に落ち込んでいる。中国情報通信研究院の発表では前年比5.3%減の2億8900万台にとどまり、市場全体の停滞が鮮明になった。この背景には、中芯国際集成電路製造(SMIC)が旧世代の露光装置で製造する7ナノメートル(nm)級半導体の性能限界と、それに伴う国産端末の商品力低下がある。消費者は革新の止まった国産機を避け、結果として米アップルのiPhoneが市場での存在感を増すという皮肉な状況が生まれている。
過去10年で最低、2億8900万台の停滞
中国のスマートフォン市場が構造的な停滞期に入った。中国情報通信研究院(CAICT)が2024年1月に公表した統計によれば、2023年の国内スマートフォン出荷台数は2億8900万台と、前年比で5.3%減少した。これは過去10年間で最も低い水準であり、世界最大の市場が飽和と技術的制約の二重苦に直面している実態を浮き彫りにする。市場調査会社IDCの集計でも、2023年の同国市場は前年比2.7%減の2億7130万台と、同様の傾向を示している。メーカー別のシェアを見ると地殻変動が起きている。首位はHonor(市場占有率17.1%)だが、2位のVivo(16.5%)、3位のOppo(16.2%)を含め、上位の国産各社は軒並み前年から出荷台数を減らした。この落ち込みは単なる景気循環による需要減退とは性質が異なる。2022年10月に米国商務省が発動した先端半導体および製造装置の対中輸出規制が、1年以上の時間を経てサプライチェーン全体に影響を及ぼし始めた結果と見られる。特に、演算処理の中核を担うSoC(System-on-a-Chip)や5G通信を司るモデム半導体の調達が困難になり、国産端末メーカーは製品の差別化に不可欠な中核部品の選択肢を狭められている。市場の縮小と並行して、消費者の選別眼はより厳しくなっている。
なぜ国産端末は魅力を失ったのか?
中国国産端末が消費者の支持を失いつつある根源には、中核をなす半導体の性能向上が頭打ちになっているという技術的な課題がある。米国の輸出規制により、華為技術(ファーウェイ)を筆頭とする中国企業は、米クアルコムや台湾メディアテックが設計する最新鋭の5G対応SoCを入手できなくなった。これにより、数年前の性能水準から脱却できない製品が市場に溢れる結果を招いている。5G通信技術は、6ギガヘルツ(GHz)未満の周波数帯「Sub-6」と、28GHz帯などの高周波数帯「ミリ波」の二つで構成される。中国で普及が進むSub-6に対し、ミリ波は超高速・大容量通信を実現する上で不可欠だが、対応するモデム半導体の設計・製造は極めて難度が高い。クアルコム製の「Snapdragon」シリーズが両周波数帯に対応し、世界市場の標準となっている一方、中国勢が自給を目指す半導体はSub-6対応が主で、性能や消費電力の面でも見劣りする。調査会社カウンターポイント・リサーチの2023年第3四半期報告によると、600ドル以上の高価格帯市場において、アップルのシェアは58%に達する。これは、消費者が性能の進化が乏しい国産端末よりも、着実に性能向上を続けるiPhoneを選択していることの証左だ。ファーウェイが2023年8月に発売した「Mate 60 Pro」は、国産7nm半導体を搭載したことで一時的に話題を呼んだが、その後の販売は伸び悩んでいる。これは、同端末の通信速度が最新の5G規格に及ばないことや、プロセッサーの処理能力が2〜3世代前の水準にとどまることが消費者に見抜かれたためと見られる。
SMIC「7nm」の正体と技術的限界
ファーウェイの「Mate 60 Pro」に搭載され、中国国内で技術的自立の象徴とされた半導体「Kirin 9000S」は、その製造手法に大きな制約を抱えている。この7nmプロセスとされる半導体を製造したのは、中国最大の半導体受託製造企業、中芯国際集成電路製造(SMIC)だ。しかし同社は、先端半導体製造に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置をオランダのASMLから輸入することを禁じられている。EUV露光は、波長13.5nmの光を用いて回路原版(フォトマスク)のパターンをシリコンウエハー上に転写する技術で、7nm以下の微細な回路形成を効率的に行うための現行標準技術である。SMICはEUV装置の代わりに、一つ前の世代にあたる液浸ArF(フッ化アルゴン)露光装置を駆使して7nm級の回路を形成した。これは、ArF光(波長193nm)を使い、複数回の露光とエッチングを繰り返して微細なパターンを刻む「マルチパターニング」と呼ばれる手法だ。具体的には、ASML製の液浸ArF露光装置「NXT:2000i」などが用いられたと推測される。この手法は技術的に可能ではあるものの、製造工程が複雑化し、歩留まり(良品率)が著しく低下する。台湾の調査会社TrendForceが2023年11月に公表した分析によれば、SMICの7nmプロセスの歩留まりは50%を下回ると推定されている。これは、世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)がEUVを用いて達成する90%超の歩留まりと比較して、商業生産の採算ラインを大きく下回る水準だ。この低い生産効率が、Kirin 9000Sの供給量を限定し、結果としてMate 60 Proの販売台数も年間1000万台程度に留まると予測される一因となっている。SMICの挑戦は、米国の規制下で可能な限りの技術的達成を示したが、同時にEUV技術なしでの先端半導体量産の経済的・物理的な限界を露呈した形だ。
米規制が招いたアップル「一人勝ち」の構図
米国の対中半導体規制は、中国の技術的進歩を抑制する一方で、結果的に米企業であるアップルに漁夫の利をもたらすという皮肉な状況を生み出している。中国の国産ブランドが半導体の制約から性能面で足踏みする中、消費者はより高性能でブランド価値の高いiPhoneへと流れた。調査会社IDCの2023年通年データによると、中国市場全体が前年比2.7%縮小したにもかかわらず、アップルは出荷台数を2.2%伸ばし、市場占有率を過去最高の17.3%にまで高め、初めて年間首位の座を獲得した。特に600ドルを超える高価格帯スマートフォン市場では、アップルの支配力が際立っている。カウンターポイント・リサーチの分析では、2023年第4四半期において、この高価格帯市場でアップルは71%という圧倒的なシェアを握った。これは、ファーウェイが米国の制裁を受ける前の2020年当時に両社が市場を二分していた状況とは様変わりだ。当時、ファーウェイは傘下のHiSiliconが設計した高性能なKirinプロセッサーを搭載した端末でアップルと互角に渡り合っていた。しかし、TSMCでの製造が不可能になったことで、ファーウェイの製品競争力は大きく後退。その空白を埋めたのが、OppoやVivo、Xiaomiといった他の国産ブランドではなく、アップルだった。この現象は、中国の消費者が単なる愛国心や価格だけで製品を選ぶのではなく、性能や使い勝手、ブランドといった普遍的な価値を冷静に評価していることを示唆する。米国の規制は、中国の特定企業を狙い撃ちにしたが、市場原理を通じて自国企業に最大の恩恵をもたらすという、意図せざる結果を招いている。
日本企業が直面する選択
米中間の技術覇権争いは、日本の半導体関連企業にも厳しい選択を迫っている。日本は、半導体製造工程で不可欠な装置や材料の分野で高い世界シェアを握っており、サプライチェーンの結節点に位置する。例えば、シリコンウエハーに回路パターンを転写するリソグラフィー工程で使われるフォトレジスト(感光材)では、JSRや東京応化工業、信越化学工業などが世界市場の約9割を占める。また、回路を削り出すエッチング装置では東京エレクトロン、ウエハーを薄く精密に研磨するダイシングソーやグラインダーではディスコがそれぞれ高い競争力を持つ。これまで、これらの日本企業は中国を最大の輸出先の一つとしてきた。財務省の貿易統計によれば、2023年の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは全体の47%にあたる1兆851億円に達し、前年から倍増した。これは、米国の規制強化を見越した中国企業による「駆け込み需要」が背景にある。しかし、この活況は長く続かない可能性が高い。米国は2023年12月、日本とオランダに同調を求め、液浸ArF露光装置を含む旧世代の汎用装置についても、対中輸出管理を強化するよう圧力をかけている。日本政府が米国の要請に応じれば、東京エレクトロンやSCREENホールディングスなどの売上は直接的な打撃を受ける。企業側は、短期的な収益を確保するために中国ビジネスを継続するか、米国の主導する技術同盟に完全に歩調を合わせ、中国市場からの段階的な撤退を受け入れるかの岐路に立たされている。サプライチェーンの分断は、研究開発投資や生産拠点の再編といった長期的な経営判断を不可避のものとしており、その決断が今後の日本の産業競争力を左右することになる。
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