世界の太陽光発電サプライチェーンは、シリコン原料から最終製品に至るまで中国企業が8割超の市場占有率を握り、事実上の独占状態にある。国際エネルギー機関(IEA)が2023年に公表した報告書によれば、特にポリシリコン製造は97%を中国が占める。この一極集中はエネルギー安全保障上の脆弱性となり、米国はを根拠に輸入を厳格化、欧州も追随する構えだ。地政学的な緊張が高まる中、既存のシリコン系技術の限界も見え始めている。本稿では、この供給網リスクの構造と、ゲームチェンジャーとなりうる次世代技術を巡る日米欧の巻き返し、そして日本の素材・装置産業が果たすべき役割を定量データに基づき分析する。
圧倒的シェア9割、中国支配の構造
中国の太陽光発電産業における支配的な地位は、統計上明らかである。国際エネルギー機関(IEA)の2023年版「Solar PV Global Supply Chains」報告書によると、中国は太陽電池の主要な製造工程であるポリシリコンで世界生産の97%、インゴットとウエハーで97%、セルで85%、最終製品のモジュールで75%の占有率を持つ。BloombergNEFが2024年2月に発表した調査では、2023年の太陽電池モジュール生産量上位10社のうち、カナディアン・ソーラーを除く9社がジンコソーラー(晶科能源)、ロンジ・グリーンエナジー・テクノロジー(隆基緑能科技)といった中国企業で占められた。この上位10社だけで世界の総生産量の約3分の2を供給する計算だ。この背景には、2010年代からの中国政府による手厚い補助金政策と、石炭火力による安価な電力を利用した大規模生産体制の確立がある。特に新疆地区は、世界のポリシリコン生産の約4割を占める一大拠点となっている。現在主流のPERC(Passivated Emitter and Rear Cell)型太陽電池の量産技術をいち早く確立し、「規模の経済」を徹底的に追求した結果、他国の追随を許さない価格競争力を獲得した。IEAの試算では、中国でのモジュール製造費用は欧米に比べて約35%低いとされる。
なぜ米国は中国製パネルを締め出すのか?
米国が中国製太陽光パネルの輸入規制を強化する直接的な契機は、人権問題と経済安全保障上の懸念である。2022年6月に施行されたは、新疆地区で生産された製品を原則として労働問題によって生産されたものと推定し、輸入を差し止める法律だ。同自治区が世界のポリシリコン供給の約4割を占めるため、太陽光パネルはこの法律の主要な対象品目となった。米国税関・国境警備局(CBP)の2024年1月発表によると、施行以降、太陽光パネルを含む電子機器関連で約14億ドル相当の貨物が輸入差し止めとなっている。この規制は、東南アジア諸国を経由する迂回輸出にも適用範囲を広げている。2023年、米国の中国からの太陽電池輸入額は前年比で約80%減少し、2億ドルを下回った(米国商務省統計)。この動きは単なる人権問題への対応にとどまらない。太陽光発電が次世代の基幹エネルギーとなる中で、その供給網を特定の一国に依存する状態は、国家のエネルギー安全保障を根底から揺るがしかねない。2022年のロシアによる欧州向け天然ガス供給制限が示したように、エネルギー供給網の地政学リスクは現実の脅威である。米国はインフレ抑制法(IRA)を通じて、国内での太陽電池生産に巨額の税額控除を適用し、自国内でのサプライチェーン再構築を急いでいる。欧州連合(EU)も同様に、域内での生産能力増強を目指す「Net-Zero Industry Act」の導入を進めており、中国依存からの脱却は西側諸国の共通目標となりつつある。
次世代技術「ペロブスカイト」が戦況を変える
現在のシリコン系太陽電池の理論変換効率が29%前後で頭打ちとなる中、次世代技術として「ペロブスカイト太陽電池」が注目を集めている。これはペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ材料を塗布して製造するもので、理論上の変換効率は30%を超え、シリコン系と組み合わせたタンデム型では40%以上も期待される。製造工程が簡素で、印刷技術を応用できるため、製造費用を大幅に低減できる可能性がある。さらに、軽量で柔軟に作れる特性から、建物の壁面や曲面、車体など、これまで設置が困難だった場所への展開が期待される。この新技術を巡る開発競争が、中国の独占状態を覆す好機と見られている。日本では、積水化学工業が2025年の事業化を目指し、幅1メートルのフィルム型で10年の耐久性と15%の変換効率を実証済みだ。また、東芝は2023年12月、フィルム型で世界最高水準となる16.6%の変換効率を達成したと発表した。ペロブスカイト太陽電池の実用化には、耐久性の向上と、鉛を含まない材料の開発が課題となるが、日本企業が強みを持つ素材技術が鍵を握る。例えば、電子を効率的に取り出すための電子輸送層には酸化チタンや酸化スズが用いられ、これらを均一に成膜する技術は、半導体やディスプレー製造で培われた日本のノウハウが生きる領域だ。信越化学工業や東レといった企業が開発する高機能フィルムや封止材も、長期信頼性を確保する上で不可欠となる。
中国が狙う「製造装置」国産化の壁
太陽光パネルの最終製品では世界を席巻する中国だが、その生産を支える高性能な製造装置の多くは、依然として日本や欧米からの輸入に依存している。特に、次世代の主流になると目されるTOPCon(Tunnel Oxide Passivated Contact)型やHJT(Heterojunction with Intrinsic Thin-layer)型太陽電池の製造には、高度な成膜技術が求められる。例えば、TOPConセルの製造に不可欠な超薄い酸化膜(トンネル酸化膜)と多結晶シリコン膜を形成するLPCVD(減圧化学気相成長)装置やPECVD(プラズマCVD)装置の分野では、東京エレクトロンや米アプライド・マテリアルズなどが高い技術力を持つ。中国の装置メーカーも猛追しているが、膜厚の均一性や生産性といった点で依然として差があるとされる。この状況は半導体製造装置の構図と酷似している。米国は2022年10月、先端半導体関連の製造装置や技術の対中輸出を厳格に規制した。現時点で太陽電池製造装置は直接の規制対象ではないが、米中間の技術覇権争いが激化すれば、この領域が新たな焦点となる可能性は否定できない。中国政府もこの脆弱性を認識しており、「中国製造2025」計画の下、製造装置の国産化率向上を国家目標に掲げている。しかし、長年の研究開発と経験の蓄積が必要な装置産業では、後発企業が短期間で追いつくのは容易ではない。特に、装置の性能を左右する基幹部品や精密加工技術は、日本の中小企業などが「見えざる資産」として保有している場合が多く、サプライチェーン全体を模倣するのは極めて困難である。
日本企業が直面する選択
地政学的な変動と技術の転換期を迎え、日本の関連企業は複雑な選択を迫られている。短期的には、巨大な中国市場は依然として魅力的だ。太陽電池製造装置や高純度素材を供給する日本企業にとって、中国の設備投資は直接的な収益源である。JEITA(電子情報技術産業協会)の統計によれば、日本の太陽電池関連装置の輸出額は、依然として中国向けが大きな割合を占める。しかし、この関係は「もろ刃の剣」となりうる。中国企業への技術・装置供与は、長期的には競争相手を育てることに繋がりかねない。また、米国の対中規制が太陽光発電分野に拡大した場合、日本企業は米中いずれかの市場を選択する「踏み絵」を迫られるリスクがある。この状況下で日本が取るべき戦略は、次世代技術における優位性の確立と、それを核とした新たな国際分業体制の構築である。ペロブスカイト太陽電池の実用化競争では、材料開発や封止技術、そして量産に向けた製造装置開発で主導権を握ることが重要だ。積水化学工業や東芝のようなセルメーカーだけでなく、信越化学工業やSUMCOが供給する高品質な基板材料、JSRや東京応化工業が持つフォトレジスト技術、ディスコやSCREENホールディングスが誇る精密加工・洗浄装置など、半導体で培った日本の技術基盤は、次世代太陽電池のサプライチェーンにおいても中核的な価値を持つ。日米欧が連携し、人権や環境基準を満たした「信頼できる供給網」を構築する動きの中で、日本がその基盤技術を供給する役割を担うことが、経済安全保障と産業競争力の両立につながる道筋と見られる。