中国が2025年3月に施行する新『技術政策法』は、人工知能(AI)と半導体の完全自給体制を目指す国家戦略の法的な集大成だ。米国による先端技術の輸出規制に対抗し、研究開発から製造、市場投入までを一貫して国家管理下に置く。すでに造成された475億ドル規模の国家基金を背景に、SMICYMTCといった国内企業を重点支援し、サプライチェーンの垂直統合を加速させる。この動きは、装置・素材で世界市場を握る日本の半導体関連産業にとって、巨大市場の喪失リスクと、新たな地政学的力学への適応という二重の課題を突きつける。

新法の射程、AI基盤から量子技術まで

2025年3月の全国人民代表大会で可決、即日施行される見通しの新『技術政策法』は、単なる産業振興策の枠を超え、技術開発の全工程を国家の統制下に置くことを目的とする。その射程は、現在の経済と安全保障の根幹をなすAIや半導体にとどまらず、次世代の覇権を左右する量子情報科学、遺伝子編集を含む生命工学、さらには宇宙開発や深海探査といった極限領域技術までを網羅する。法案の核心は、基礎研究、応用開発、技術移転、製品化、市場形成というイノベーションの連鎖を、国家主導で計画的に管理する点にある。具体的には「技術成熟度評価基準」を導入し、国家が定めた目標に対する各プロジェクトの進捗を定量的に評価。基準を満たした研究機関や企業に対し、予算の優先配分、税制優遇、政府調達での採用といった直接的な支援を与える仕組みだ。中国国営の新華社通信が2024年12月に報じた草案概要によれば、支援対象は国内企業に限定されず、中国国内で研究開発拠点を設ける外国企業も含まれるが、その成果の所有権は中国側との共有が条件となる可能性が高い。この「開かれた門」戦略は、海外の先端技術を国内に取り込むための巧妙な仕掛けと見られる。

なぜ今、半導体自給を急ぐのか?

中国がこれほどまでに技術自給、とりわけ半導体の国内生産に固執する背景には、米国による一連の輸出規制がある。決定打となったのは、米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月7日に発表した輸出管理規則(EAR)の改定だ。これは、①16ナノメートル(nm)以下のロジック半導体、128層以上のNAND型フラッシュメモリーなどの先端半導体そのもの、②それらを製造可能な米国製装置・技術、③米国人による技術支援、の3点を包括的に中国向けに規制するもので、中国の半導体産業の発展を根底から覆す狙いがあった。この規制により、中国最大のファウンドリ(半導体受託製造)である中芯国際集成電路製造(SMIC)は、回路線幅が3nm以下の最先端プロセスに不可欠な極端紫外線(EUV)リソグラフィー装置をオランダのASMLから調達する道を完全に絶たれた。TrendForceの2024年第1四半期調査では、世界のファウンドリ市場におけるSMICのシェアは5.7%と、台湾TSMCの61.7%から大きく引き離されている。この技術的断絶を克服しない限り、高性能AIの学習に必要な先端半導体や、次世代通信規格を支える基幹部品の国内調達は不可能であり、経済安全保障上の致命的な脆弱性を抱え続けることになる。新法は、この状況を打開するための国家としての強い意志の表れに他ならない。

「国家冠軍」支える475億ドル基金の実態

新法の理念を資金面で裏付けるのが、「国家集成電路産業投資基金」、通称「大基金」である。2014年に設立されたこの国家ファンドは、すでに第1期(約2兆円)、第2期(約3兆円)を通じて国内の半導体企業に集中的な投資を実行してきた。そして2024年5月、過去最大規模となる3440億元(約475億ドル)の第3期基金の設立が発表された。中国財政省を筆頭に国有銀行が名を連ねるこの基金の最大の投資先は、半導体製造装置の国産化だと見られている。これまで中国は、東京エレクトロンの成膜・エッチング装置や、ディスコのダイシングソー、SCREENホールディングスの洗浄装置といった日本の高性能な装置に大きく依存してきた。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2023年統計によれば、中国は世界の半導体製造装置市場の約3分の1を占める最大の買い手であり、その購入額は366億ドルに達する。大基金第3期は、この海外依存からの脱却を目指し、上海微電子装備(SMEE)のリソグラフィー装置や、北方華創科技集団(NAURA)のエッチング装置といった国内メーカーの技術開発と量産体制構築を強力に後押しする。SMICが既存の液浸ArFリソグラフィー装置を複数回使用する多重露光技術で7nmプロセスの半導体を製造したと報じられているが、これはあくまで限定的な成功であり、コストと歩留まりの面でEUVを用いたプロセスには遠く及ばない。基金が目指すのは、こうした応急処置的な技術ではなく、サプライチェーン全体での持続可能な自給体制の確立である。

日本の装置・素材産業への直接的影響

中国の国家主導による自給体制構築は、日本の半導体関連産業に構造的な変化を強いる。日本の製造装置・素材メーカーにとって、中国は最大の収益源の一つだ。例えば、東京エレクトロンの2024年3月期決算では、売上高に占める中国向け比率は47%に達し、過去最高を記録した。同様に、アドバンテストやディスコといった企業も、売上高の2〜3割を中国市場に依存する。当面は、米国が規制対象としていない28nm以上の成熟プロセス向け装置の需要が旺盛なため、各社の業績は堅調に推移すると見られる。しかし、大基金が支援する中国国内メーカーが技術力を向上させ、成熟プロセス分野で日本製品を代替し始めれば、この構図は崩れる。すでに洗浄装置や一部の検査装置では、国産化の波が押し寄せている。より深刻なのは、日本の独壇場である先端素材分野への影響だ。EUVリソグラフィーに用いるフォトレジスト(感光材)では、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界シェアの約9割を握る。また、半導体の基板となるシリコンウエハーでも信越化学とSUMCOが世界シェアの6割近くを占める。これらの素材は、現時点では中国企業による代替が困難な「戦略物資」だが、新法の下で国家的な研究開発プロジェクトが加速すれば、5〜10年後には技術的な模倣や代替品の出現も現実味を帯びる。日本政府が2019年に実施した韓国向けフッ化水素輸出管理強化の際、韓国企業が国産化や調達先の多角化を急いだように、中国も国家の総力を挙げて日本の技術的優位性を切り崩しに来るだろう。

日本企業が直面する選択

中国の新『技術政策法』がもたらす地政学的変動に対し、日本の半導体関連企業は岐路に立たされている。取りうる戦略は、大きく三つに分かれる。第一は、米国の規制に準拠し、中国市場との段階的な「デカップリング(分離)」を進める道だ。先端技術の流出リスクを回避し、日米欧の経済安全保障圏内でのサプライチェーン強化に注力する。北海道で次世代半導体の国産化を目指すRapidus(ラピダス)への装置・素材供給や、米国・欧州での新工場建設への参画がこれにあたる。ただし、巨大な中国市場を失うことによる短期的な収益悪化は避けられない。第二の選択肢は、規制対象外の成熟・汎用技術分野に限り、中国との協業を継続・深化させる「リスク管理型共存」だ。中国の旺盛な需要を取り込みつつ、先端技術は国内や友好国に留保する。この戦略は高い収益性を維持できる可能性がある一方、中国国内メーカーの成長を助長し、将来的な競争を激化させる「飼い犬に手を噛まれる」リスクを内包する。また、米中対立の激化により、規制範囲がいつ拡大されるか分からない不確実性も伴う。第三は、日本の技術的優位性が際立つ特定分野に特化し、代替不可能な「チョークポイント(隘路)」技術として磨き上げる戦略だ。例えば、レーザーテックが独占するEUVマスク欠陥検査装置や、ディスコの超精密加工技術のように、他国が容易に追随できない領域で圧倒的な地位を築く。この道は、研究開発への巨額な継続投資を必要とするが、地政学的な交渉において強力なカードとなりうる。いずれの戦略を選択するにせよ、自社の技術がサプライチェーンのどの位置にあり、どのような価値を提供しているのかを冷静に分析し、数十年先を見据えた国家レベルの長期的戦略と連携することが、日本企業にとって不可欠となる。