米商務省による先端半導体規制は、中国の技術開発を阻止する決定打と見られていた。しかし、中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が7ナノメートル(nm)世代の半導体を量産した事実は、規制網に穴がある現実を突きつけた。これは最先端のEUV(極端紫外線)露光装置を用いず、旧世代のDUV(深紫外線)装置を駆使した成果であり、高い製造費用と低い生産効率という代償を伴う。この動きは、世界の半導体供給網から中国を切り離そうとする米国の戦略と、国家主導で技術的自立を目指す中国の執念が衝突する新たな局面を示す。年間10兆円超の市場を形成する日本の半導体製造装置・材料産業は、この地政学的断層の上で難しい選択を迫られている。
規制の核心、EUVなき7nm製造の現実
米バイデン政権が2022年10月に導入した対中半導体輸出規制の核心は、先端半導体の製造に不可欠な特定技術へのアクセスを断つことにあった。具体的には、①16/14nm以下のロジック半導体、②18nmハーフピッチ以下のDRAM、③128層以上のNAND型フラッシュメモリーを製造可能な米国技術の輸出を原則禁止した。この規制で最大の標的となったのが、オランダのASMLが独占供給するEUV露光装置だ。EUV光は波長13.5nmと極めて短く、原子数十個分に相当する微細な回路を1回の露光で形成できる。これにより、7nm以降の世代で高い生産性と歩留まりが実現される。規制により、SMICや長江存儲科技(YMTC)といった中国企業は、5nm以下の最先端プロセス開発の道を事実上閉ざされた。
ところが、2023年8月に華為技術(ファーウェイ)が発売したスマートフォン「Mate 60 Pro」に、SMIC製の7nmプロセス半導体が搭載されていることが判明。これは、規制対象外であった旧世代のDUV液浸露光装置を応用した「多重露光」技術によるものと見られる。DUV光の波長は193nmと長く、本来7nm級の回路形成は困難だ。しかし、同じウエハー上に複数回に分けて回路パターンを焼き付ける「自己整合型4重パターニング(SAQP)」などの手法を用いれば、擬似的に解像度を高められる。この手法は、露光とエッチングの工程数がEUVの2倍以上に増え、製造時間と費用を大幅に押し上げる。業界の試算では、DUV多重露光による7nm製造コストは、台湾積体電路製造(TSMC)がEUVを用いる場合に比べて40〜50%高いとされる。経済合理性を度外視した国家の威信をかけたプロジェクトといえる。
日本の装置・材料、中国依存4割のジレンマ
米国の規制強化は、世界の半導体製造装置・材料市場の構図を大きく塗り替えた。日本の関連企業にとって、中国は最大の輸出先であり、その動向は経営に直結する。財務省の貿易統計によれば、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額3兆9960億円のうち、中国向けは1兆6440億円と全体の41.2%を占め、過去最高を記録した。これは、米国が先端分野に規制を集中させる一方、中国が成熟・旧世代プロセス(28nm以上)の半導体生産能力を急拡大させるために、規制対象外の日本や欧州の装置を大量に購入した「駆け込み需要」が背景にある。
特に、東京エレクトロンの旧世代向けエッチング装置や成膜装置、SCREENホールディングスの洗浄装置、ディスコのダイサー(切断装置)などは、中国国内の多数の半導体工場で稼働している。ASMLの2023年通期決算でも、中国向け売上高が全体の29%を占め、DUV露光装置の販売が好調だったことを裏付けている。しかし、この活況は諸刃の剣だ。米国は2024年以降、日本やオランダに同調を求め、規制対象をさらに広げる構えを見せている。すでにASMLはオランダ政府の方針を受け、一部のDUV装置についても中国への輸出許可を取り消された。日本政府も同様の措置を講じており、東京エレクトロンなど複数社が先端装置の輸出を停止している。中国依存度の高さが、そのまま地政学リスクに転化する構造が鮮明になった。
中国の国産化は日本にとって脅威となるか
中国の半導体国産化の加速は、将来的に日本企業との競合を激化させる可能性をはらむ。現在、中国は製造装置の国産化率を2025年までに70%に高めるという目標を掲げ、国家集積回路産業投資基金などを通じて巨額の資金を投じている。上海微電子装備(SMEE)は国産のDUV露光装置の開発を進め、北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)はエッチングや成膜装置で技術力を向上させている。これらの企業はまだ東京エレクトロンや米ラムリサーチの技術水準には及ばないが、28nm以上の成熟プロセス向けでは着実にシェアを伸ばしている。半導体市場調査会社Gartnerの予測では、2027年には世界で生産される28nm世代の半導体のうち、33%が中国で製造される見通しだ。
この動きは、特に汎用半導体市場に大きな影響を与える。パワー半導体やアナログ半導体といった分野で中国勢が生産能力を過剰に増強すれば、世界的な価格下落を招き、ロームやルネサスエレクトロニクスといった日本企業の収益を圧迫する恐れがある。一方で、日本の強みが揺るがない領域も存在する。先端半導体製造に不可欠な特殊材料分野だ。JSRや信越化学工業、東京応化工業が世界シェアの9割以上を握るEUV用フォトレジスト(感光材)や、信越化学とSUMCOで世界シェア約6割を占めるシリコンウエハー、ステラケミファなどが供給する高純度フッ化水素といった素材は、代替が極めて困難だ。これらの「日本の牙城」は、米中対立下での日本の交渉力を担保する戦略的資産となっている。
日本企業が直面する選択
米中の技術覇権争いは、短期的な需給変動を超え、世界の産業構造を不可逆的に変えつつある。日本の半導体関連企業は、経済安全保障と商業的利益という二つの要請の狭間で、事業戦略の再構築を迫られている。中国市場での売上を維持しつつ、米国の規制強化にどう対応するか。多くの企業は、先端技術と成熟技術で輸出管理を厳格に分離する「二階建て」の戦略をとる。先端プロセス向けは日米欧の枠組みで共同開発を進め、成熟プロセス向けでは中国ビジネスを継続する形だ。
この文脈で重要性を増すのが、政府が主導する次世代半導体の国内生産プロジェクト「Rapidus(ラピダス)」の成否である。同社は2nm世代のロジック半導体の量産を目指しており、成功すれば日本の半導体産業は設計から製造、装置、材料までを国内で完結させる能力を取り戻すことになる。これは単なる一企業の挑戦ではなく、日本の経済安全保障の試金石だ。ラピダスの製造ラインには、東京エレクトロンやSCREENの最新鋭装置が導入される計画であり、国内に最先端技術を検証・開発する場が生まれる意義は大きい。米中対立がもたらした供給網の分断は、日本にとって失われた製造基盤を再建し、材料・装置分野での優位性をさらに強化する好機ともなり得る。目先の中国特需に安住するのではなく、10年先を見据えた技術開発と戦略的投資を実行できるかどうかが、企業の将来を左右する。