米国の対中半導体戦略が、先端技術の輸出禁止から関税による経済的封じ込めへと新たな段階に入った。2025年から半導体関税を現行の25%から50%へ引き上げる措置は、中国の技術自立を遅らせる一方、日本の製造装置・材料メーカーに深刻な影響を及ぼす。世界シェアの6割を握る日本の素材産業は、米中双方の要求が交錯するサプライチェーンの隘路(あいろ)で難しい舵取りを迫られている。本稿は、関税強化の背景にある米国の狙いと、日本企業が直面する構造変化を一次情報に基づき分析する。
関税措置、禁輸から価格競争へ転換
米国の対中半導体政策は、これまでの先端技術に絞った輸出管理から、より広範な経済的圧力を加える段階へ移行した。米通商代表部(USTR)が2024年5月に発表した追加関税措置は、電気自動車(EV)や太陽電池に加え、半導体も対象に含めた。税率は2025年から現行の25%から50%へと倍増する。これは、先端分野への技術移転を阻止する米商務省産業安全保障局(BIS)の輸出管理規則(EAR)とは異なり、中国の半導体産業全体のコスト競争力を削ぐことを直接の目的とする。特に、米国の規制強化後も中国への輸出が続いていた成熟(レガシー)世代の半導体や、その製造に不可欠な装置・材料が標的となる。米半導体工業会(SIA)の2024年6月の報告書によれば、中国は今後5年間で世界のレガシー半導体生産能力の約半分を占める見通しであり、米国はこの分野での中国の覇権確立を阻止したい考えだ。今回の関税は、BISによる禁輸リスト「エンティティリスト」への追加という手法に比べ、より広範な企業活動に影響を及ぼす鈍器のような性格を持つ。特定の高性能品だけでなく、汎用品の取引コストを引き上げることで、中国企業の国際競争力を根本から削ぐ狙いが透ける。
日本の装置・材料はなぜ標的となるか
米国の関税戦略において、日本の半導体製造装置と材料メーカーが事実上の主戦場となるのは、その圧倒的な世界市場占有率に起因する。半導体製造は、微細な回路パターンをシリコンウエハーに転写し、加工する工程の繰り返しであり、各工程で専門性の高い装置と化学材料が不可欠だ。例えば、回路の原版となるフォトマスクに塗布する感光材「フォトレジスト」では、JSR、東京応化工業、信越化学工業、富士フイルムの日本企業4社で最先端のEUV(極端紫外線)向け製品の世界シェアをほぼ独占する。ウエハー上に回路を形成する前工程で使う塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)では東京エレクトロンが約9割、ウエハーを薄く削るグラインダーや切り出すダイサーではディスコが7割以上のシェアを握る。これらの装置や材料がなければ、たとえ設計能力があっても半導体は製造できない。米国は、これらの日本の技術を「チョークポイント(供給網の隘路)」と位置づけ、管理下に置くことで中国の半導体産業の発展を効果的に抑制できると見ている。関税強化は、中国企業がこれらの基幹部品を調達する際の経済的障壁を高め、結果として日本のサプライヤーに「顧客選別」を迫る効果を持つ。これは2019年の韓国向け高純度フッ化水素などの輸出管理強化策とも通底する、供給網の支配を巡る地政学的な動きの一環と分析できる。
レガシー半導体、中国の過剰生産リスク
米国の制裁は、意図せざる副作用を生み出している。先端半導体製造装置の輸入を絶たれた中国は、国策として 막대한補助金を投じ、規制対象外である28ナノメートル以上の成熟(レガシー)プロセスに特化した生産能力を急拡大させている。調査会社TrendForceが2024年3月に公表した予測では、中国の12インチウエハー相当の成熟プロセス生産能力は、2027年までに世界全体の39%に達する見込みだ。これは2023年時点の29%から10ポイントも上昇する計算になる。この過剰ともいえる生産能力の増強は、自動車、産業機器、家電製品などで広く使われる汎用半導体の国際市況に深刻な影響を及ぼす可能性がある。中国製レガシー半導体が廉価で世界市場に流入すれば、価格競争が激化し、既存の半導体メーカーの収益を圧迫する。特に、この分野を得意とする日本のルネサスエレクトロニクスやローム、欧州のインフィニオンテクノロジーズやSTマイクロエレクトロニクスは直接的な影響を受ける。米国が今回、半導体そのものに関税を課す背景には、この中国発のデフレーション圧力を国内市場から遮断する狙いがある。しかし、関税で守られていない日本や欧州市場では、中国製レガシー半導体との厳しい競争が避けられない見通しだ。
迂回輸出とサプライチェーンの複雑化
規制が強化されるほど、それを回避しようとする動きも巧妙になる。米国の直接的な関税や輸出規制を逃れるため、中国企業がマレーシア、ベトナム、メキシコといった第三国を経由して装置や部材を調達する「迂回輸出」のリスクが高まっている。マレーシア投資開発庁(MIDA)の2024年発表によると、同国への半導体関連の直接投資額は過去3年間で2倍以上に増加しており、その多くが後工程の組み立て・検査(ATP)拠点設立に向けられている。これらの拠点が、中国向け輸出の中継基地として利用される可能性は否定できない。米国政府もこの動きを警戒しており、米商務省は最終的な需要家が中国の規制対象企業である場合、第三国経由の取引も規制対象とする「域外適用」の解釈を厳格化している。これにより、日本の装置・材料メーカーは、顧客の先にいる「顧客の顧客」まで遡って取引の適法性を審査する、極めて煩雑なデューデリジェンス(取引審査)を求められるようになった。ある大手装置メーカーの法務担当者は「サプライヤー証明や最終用途証明書の確認作業が急増し、営業部門だけでなく法務・コンプライアンス部門の負担が限界に達しつつある」と語る。サプライチェーンがグローバルに複雑化する一方で、取引の透明性に対する要求はかつてなく高まっており、管理コストの増大が経営を圧迫している実態がある。
日本企業が直面する選択
米中対立の恒常化は、日本の半導体関連企業に対し、もはやどちらかの市場を選ぶという単純な二者択一ではない、より複雑な戦略的判断を強いている。生き残りの道は、技術ポートフォリオと市場アクセスを多角化し、地政学的な変動に対する耐性を高めることにある。具体的には三つの方向性が考えられる。第一に、最先端分野における日米欧連携の深化だ。次世代半導体の国産化を目指すラピダス計画への参画や、ベルギーの研究機関imecを中心とする国際共同研究への積極的な関与を通じ、非中国圏での技術的優位性を確固たるものにする。第二に、中国が過剰生産を進めるレガシー分野では、価格競争から距離を置き、電力効率や信頼性といった非価格価値で差別化された高付加価値製品へ軸足を移すことだ。パワー半導体に使われるSiC(炭化ケイ素)ウエハーや、特殊なパッケージング技術などがその好例となる。第三に、生産・販売拠点の「第三極」への分散である。米中双方からの圧力を受けにくいインドや東南アジアに新たなサプライチェーンを構築し、市場としての成長を取り込みつつリスクを低減する動きが加速すると見られる。SUMCOが佐賀県に新設する工場や、信越化学工業の群馬県の新規投資は国内回帰の側面を持つが、同時に海外顧客への安定供給を担保する狙いもある。いずれの選択肢も巨額の先行投資と高度な経営判断を要する。日本の強みである装置・材料分野の優位性を今後も維持できるか、各社の戦略が今、厳しく問われている。
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