中国が軍事・航空宇宙分野に不可欠な28ナノメートル(nm)世代の半導体自給網構築を加速している。米国の先端技術規制を回避し、中芯国際集成電路製造SMIC)などを中心に、規制対象外の旧世代装置を駆使して2027年までに月産10万枚規模の生産体制を目指す動きが観測される。この巨大な国家事業は、ArF液浸露光装置で強みを持つオランダのASMLや、塗布現像装置で世界シェア約9割を占める東京エレクトロンなど、日本の製造装置・素材メーカーに、巨大市場での商機と地政学的なリスクという二律背反の選択を迫っている。軍民融合を国是とする指導部の下、技術的独立を目指す動きは、世界の半導体供給網の構造を根底から揺さぶり始めた。

「28nm」が軍事均衡の分水嶺

スマートフォン向けの7nmや5nmといった最先端半導体の競争が注目されがちだが、国家の安全保障を支える軍事・航空宇宙分野では、28nm世代の半導体が依然として技術的な「分水嶺」として機能している。この世代の半導体は、戦闘機に搭載されるアクティブ・フェーズドアレイ・レーダーの送受信モジュール、誘導弾の制御回路、軍事通信衛星の信号処理装置など、高い信頼性と十分な処理能力が求められる用途で広く採用されている。先端プロセスに比べて放射線への耐性(耐放射線性)や高温環境での動作安定性に優位性があり、製造コストと性能の均衡が取れているためだ。米軍のF-35戦闘機でも、一部の制御系統には45nmから28nm級の半導体が利用されていると見られる。中国人民解放軍が近代化を進める上で、この28nm世代の半導体を国内で安定的に調達できる体制の構築は、米国の技術的優位に対する防衛策として最重要課題の一つに位置づけられる。台湾の調査会社トレンドフォースが2023年12月に公表した予測によれば、中国の成熟プロセス(28nm以上)半導体の世界生産能力シェアは、2023年の31%から2027年には39%に達する見込みだ。特に28nmに限れば、台湾積体電路製造(TSMC)が先行するものの、中国勢が猛烈な投資でその差を縮めている。この背景には、民生品だけでなく、国家の根幹をなす防衛装備品のサプライチェーンを完全に掌握しようとする中国指導部の強い意志がある。

米国規制下で生産能力をどう拡張するのか?

中国の半導体国産化における最大の障壁は、米商務省産業安全保障局(BIS)が主導する先端半導体製造装置の輸出規制だ。特に、7nm以下の微細化に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置は、オランダのASMLが独占供給しているが、米国政府の要請により中国への輸出が事実上停止している。しかし、28nm世代の製造は、EUVの一つ前の世代である深紫外線(DUV)露光、中でもArF液浸露光装置で十分に可能である。このDUV装置は規制の網から部分的に外れており、中国はこれを「抜け穴」として活用している。ASMLが2024年1月に発表した2023年第4四半期決算によれば、同社の中国向け売上高比率は39%に急増した。これは、2024年から適用される新たな輸出規制強化を見越した駆け込み需要であり、主に28nm以上の成熟プロセス向けDUV装置「TWINSCAN NXT:2000i」などが大量に納入されたと見られる。日本企業もこの流れと無縁ではない。半導体製造装置協会(SEAJ)の統計では、2023年度の日本製半導体製造装置の販売額のうち、中国向けが47%を占め、前年度の39%から急拡大し過去最高を記録した。東京エレクトロンやSCREENホールディングスなどが製造するDUV露光装置向けの塗布現像装置(コータ・デベロッパ)や洗浄装置は、規制対象外であり、中国の新設工場計画に不可欠な要素となっている。中国は、米国の直接的な規制対象ではない日本と欧州の装置メーカーから、合法的な範囲で最大限の装置を調達し、国内の生産能力を急ピッチで積み上げているのが実情だ。

国産化の心臓部 SMICと華虹の役割

中国の半導体自給網構築を主導するのは、政府系ファンドから巨額の支援を受けるSMICと華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)である。両社は米国のエンティティリストに掲載され、先端技術へのアクセスを制限されているが、逆説的にそれが成熟プロセスへの巨額投資を促す結果となった。SMICは、上海、北京、深圳、天津で4つの新工場を建設中であり、これらが全面稼働すれば28nm以上のウエハー生産能力は月産34万枚(300mmウエハー換算)以上増加する計画だ。同社の2023年通期決算報告によれば、設備投資額は前年比17.6%増の約74.7億ドルに達し、その大半が成熟・旧世代プロセスラインの拡充に充てられた。この投資規模は、米国のグローバルファウンドリーズや台湾の聯華電子(UMC)といった同業他社を大きく上回る。華虹半導体も江蘇省無錫市で総額67億ドルを投じる新工場を建設しており、2025年からの稼働を目指す。これらの工場では、パワー半導体やイメージセンサーに加え、28nm世代のロジック半導体の受託生産能力を大幅に増強する計画だ。中国政府は、これらのプロジェクトに対し、2014年に設立した「国家集成電路産業投資基金」(通称「大基金」)などを通じて資金を供給。第1期、第2期合わせて日本円で10兆円を超える規模の資金が、こうした国内企業の設備投資や研究開発を後押ししている。この国家主導の投資が、米国規制下での生産能力拡張を可能にする原動力となっている。

日本の素材・装置が握る供給網の隘路

中国がどれだけ巨額の投資を行っても、半導体製造は単独の国で完結しない複雑な供給網に依存している。特に、製造工程の根幹を担う装置と素材の多くで、日本企業が代替困難な地位を占めている。例えば、回路パターンをウエハーに転写するリソグラフィー工程で使われるフォトレジスト(感光材)は、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社でEUV向けをはじめ世界市場の約9割を握る。ウエハーを平坦化するCMP(化学機械研磨)工程で用いるスラリー(研磨剤)や、回路を刻んだウエハーを切り出すダイシングソーではディスコが約7割の世界シェアを持つ。シリコンウエハーそのものも、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を占める。これらの素材や装置が一つでも供給を停止すれば、SMICや華虹半導体の最新工場といえども生産ラインは停止に追い込まれる。事実、2019年に日本政府が韓国向けに実施したフォトレジストなど3品目の輸出管理強化は、韓国の半導体産業に大きな混乱をもたらした。これは、日本の素材産業が持つ戦略的重要性を浮き彫りにした事例である。中国はこれらの「チョークポイント(隘路)」を強く認識しており、フッ化水素やフォトレジストの国内生産に向けた投資も加速させているが、長年の研究開発で培われた日本の品質と安定供給能力に追い付くには少なくとも5年から10年を要すると見られる。この時間的猶予が、日本の外交的・経済的な交渉力を担保している側面は否定できない。

日本企業が直面する選択

中国の半導体国産化に向けた奔流は、日本の関連企業に複雑な判断を強いている。短期的には、中国の旺盛な設備投資は東京エレクトロンやアドバンテストといった装置メーカーにとって過去最大の収益機会となっている。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、売上高に占める中国向け比率が46.9%に達した。この巨大市場から撤退することは、株主への説明責任を考えても現実的ではない。しかし、中長期的には大きなリスクを内包する。米国は安全保障上の懸念から、対中規制をさらに強化する構えを見せている。現在は規制対象外であるDUV露光装置や関連部品についても、特定の中国企業向け輸出を制限する「エンティティリスト」の拡大や、米国の技術・ソフトウエアを使用した製品の再輸出を規制する「外国直接製品規則(FDPR)」の適用範囲拡大が視野に入る。もし日本企業が米国の新たな規制対象となれば、中国市場だけでなく、米国やその同盟国の市場へのアクセスも失いかねない。さらに、中国への技術・製品供給が結果的に人民解放軍の近代化を助け、地域の軍事均衡を不安定化させるという「加担」のリスクも存在する。企業は、目先の利益を追求するのか、それとも地政学的な長期リスクを回避するためにサプライチェーンの再編(デリスキング)を進めるのか、という厳しい選択を迫られている。政府による明確な指針がない中、各社の経営陣は自ら地政学リスクを分析し、事業戦略を決定しなければならない状況に置かれている。