中国BYDの初の軽EV「RACCO」を売るのは、メルセデスを日本に根づかせたヤナセ。値段でも性能でもなく「信頼」が最大の参入障壁になる市場で、既存の販売網が新規参入をどう肩代わりするのかを補完資産の理論まで下りて解剖する。

2026年7月28日、BYDが日本市場向けの初の軽EV「RACCO(ラッコ)」を発売した(BYD公式)。専用設計のスーパーハイト系ワゴンで、両側の電動スライドドアを備え、価格は249万円から。日本の軽自動車の使い勝手に正面から合わせてきた一台である。だが自動車の外側から見て本当に注目すべきは、車そのものよりも、それを誰が売るのかだ。売り手はヤナセ——70年前、まだ得体の知れなかった外国の高級車メルセデス・ベンツを、日本の消費者が安心して所有できるブランドへと育て上げた、あの輸入車ディーラーである。

中国のメーカーが日本で直面する最大の壁は、価格でも性能でもない。信頼だ。部品は手に入るのか、10年後もその販売店は残っているのか、まともに整備できるのか、下取り価格は保たれるのか——新規参入者が必ず突きつけられるこの問いに、スペック表は答えられない。本稿は、BYDとヤナセの提携を入り口に、製品の良し悪しとは別次元にある「信頼という参入障壁」がどう機能し、それを既存の販売網がどう肩代わりするのかを、市場参入の理論まで下りて解剖する。株価や投資の数字は扱わない。扱うのは、良い製品が良い製品というだけでは売れない市場で、何が勝敗を分けるのかという構造である。

70年前、同じ壁を越えた会社

ヤナセの歴史は、そのまま日本における輸入車の歴史と重なる。1915年に梁瀬長太郎が東京・日比谷で創業し、当初はトラックやバスの車体を架装する会社だった。やがて三井物産の輸入車部門を引き取り、ゼネラルモーターズのビュイックやキャデラックの輸入から乗用車事業を広げていく(ヤナセ公式)。

メルセデスとの縁は戦後に始まる。1952年に傍系のウエスタン自動車が販売を始め、1954年にメルセデス・ベンツ販売の総代理権を獲得した(LE VOLANT)。当時の日本は外貨割当制度の下にあり、ヤナセには事業の過度なドル依存を和らげる狙いもあった。1965年に輸入が完全自由化されると、ヤナセは本国より高い価格を付け、上位グレード中心に車種を絞り、髙島屋のような高級百貨店へ出店するブランド戦略で、輸入車を「特別な存在」「富裕層の象徴」へと位置づけた。年間158台で始まったメルセデス販売は、1984年の190シリーズで大きく伸び、1987年には年1万2,000台を突破する(Car Watch)。

この数十年で、ヤナセが実際に築いたのは販売台数ではなく、それを支える見えない資産だった。全国に張った販売と整備の網、部品を切らさない供給体制、長く乗り続けるための面倒を見る評判——外国の高級車を持つことが不安ではなくなるための、信頼の下地である。

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信頼の架け橋 ― メルセデスからBYDへ

日本で本当に高い壁は、値段でも性能でもない

新規参入者にとって、日本の消費者が投げかける問いはいつも同じだ。事故や故障のとき部品はすぐ届くのか。10年後もその販売店は同じ場所にあるのか。近所で確実に整備できるのか。手放すとき下取りはつくのか。これらは車の完成度とは別の次元にある。どれほど航続距離が長く、どれほど装備が良くても、この四つに確信が持てなければ、多くの人は最後の一歩を踏み出さない。

中古車として売れる値段が保たれるかどうかは、とくに重い。日本の消費者は新車を買うときすでに数年後の下取りを織り込んで判断する。ブランドの整備網と認定中古車の仕組みが整っていれば残価は支えられ、なければ大きく崩れる。BYDのRACCOが良い軽EVかどうかという問いと、RACCOを安心して買えるかという問いは、まったく別物なのである。ヤナセが持ち込むのは後者への答えだ。全国の販売とアフターサービスの網、そして「あのヤナセが扱う」という一言が、四つの不安を一つずつ打ち消していく(WEB CARTOP)。

なぜこの提携が効くのか ― 障壁・強み・成果
なぜこの提携が効くのか ― 障壁・強み・成果

製品だけでは売れない ― 補完資産という考え方

なぜ優れた製品が、それだけでは市場を取れないのか。経営学には、これを説明する古くからの枠組みがある。技術や製品が生む価値を実際に手にできるかは、その技術単体ではなく、それを世に届けるための「補完資産」を握れるかで決まる、という考え方だ。販売網、アフターサービス、部品供給、ブランドの信用——製品の周りを固めるこれらの資産こそが、価値を実現する鍵になる。革新的な製品を作った企業が、流通や信用を持つ既存企業に果実をさらわれる例は、自動車に限らず数多い。

BYDとヤナセの組み合わせは、この構図をきれいになぞる。BYDが握るのは製品の側——EVの技術、電池の内製、費用を抑える規模である。RACCOに積まれる「ブレードバッテリー」は、BYDが自社開発したリン酸鉄リチウムイオン電池で、走行距離に応じて35.84kWhと22.40kWhの二種類が用意される(日本カーソリューションズ)。だが日本で欠けていたのは、その製品を信頼へ変換する補完資産だった。ヤナセが握るのは、まさにその側——全国の販売と整備の網、部品を切らさない体制、そして70年かけて積んだ信用である。片方は良い製品を持ち、もう片方はそれを安心に変える資産を持つ。二つがそろって初めて、価値は消費者の手元で実現する。

補完資産 ― 良い製品が、それだけでは売れない理由
補完資産 ― 良い製品が、それだけでは売れない理由

ヤナセEVスクエアという器

提携は具体的な会社の形になっている。2025年11月27日、ヤナセとBYD Auto Japanは正規ディーラー契約を結び、ヤナセが全額を出資する新会社「ヤナセEVスクエア」を設けた(日本経済新聞)。この会社が担うのは、新車の販売だけではない。アフターサービスの提供と、中古車の販売までを一体で手がける。四つの不安のうち、整備・部品・残価という三つに直接効く設計になっている。

最初の拠点として、ヤナセグループ初のBYD正規ディーラー「BYD AUTO 横浜南」が2026年7月11日に開業した(Car Watch)。7月28日発売のRACCOを特別展示し、購入から整備、手放すときの下取りまでを一つの窓口で受ける体制を、まず横浜から立ち上げる。新規ブランドがゼロから全国網を敷けば長い年月と巨額の投資が要るが、ヤナセの既存資産に相乗りすれば、その時間を大きく縮められる。

RACCOという日本専用設計

車の側も、日本市場を正面から狙って作られている。RACCOは日本の道路事情と生活に合わせた専用設計で、日本で根強い人気を持つスーパーハイト系ワゴンの車体を採り、電動スライドドアを標準で備えた(くるまのニュース)。狭い道での取り回し、荷物の積み下ろし、広い室内——軽自動車に日本の消費者が求める実用性を、輸入ブランドが正面から作り込んできた点に、これまでの外国車と違う本気度が表れている。

グレードは三種類が用意される。航続距離210km(WLTC)の「RACCO 200」、320kmの「RACCO 300 Plus」、同じ電池で快適装備を加えた「RACCO 300 Premium」だ。300系には、合成皮革のシート、運転席の6方向電動調整、足元に投影ガイドが出るハンズフリースライドドアなどが載る。価格は249万円から。日本の軽EVとして、実用性と価格の釣り合いを明確に意識した構成である。

迎え撃つ国内勢の堀

BYDのRACCOが商業的に成功するかどうかは、まだ見通せない。日本の軽自動車市場は、国内メーカーが分厚い堀で守る領域だからだ。スーパーハイト系ワゴンにはホンダのN-BOXをはじめとする強力な先行者がひしめき、ハイブリッドという燃費の武器と、全国の隅々まで届く販売網、そして長年かけて育てた顧客の忠誠心が、参入者の前に立ちはだかる(日本経済新聞)。

この構図で読むと、ヤナセと組む意味の大きさが逆に浮かび上がる。国内勢の堀の正体は、車の性能ではなく、まさに販売網と信頼という補完資産の厚みにある。BYDが単独で挑めば、良い製品を持っていても、この厚みの前で失速しかねない。既存の販売網を借りることは、堀の内側に足場を築く数少ない現実的な手だてになる。それでも、充電の環境、軽EVという新しさへの慣れ、国内勢の値引き余力といった変数は残り、勝敗を単純に予言できる段階ではない。

中国ブランドという固有の信頼赤字

ヤナセの後ろ盾が、ドイツ車のときより重い意味を持つ理由がある。中国ブランドは、日本市場で固有の信頼赤字を抱えているからだ。品質への漠然とした不安、購入後の面倒への懸念、そして製品の背後にある国への複雑な感情が、ドイツ車には向かなかった追加の警戒として働く。メルセデスの場合、ヤナセが越えるべきは「外国の高級車は維持が大変ではないか」という一般的な不安だった。BYDの場合、それに「中国製で本当に大丈夫か」という上乗せの壁が重なる。

だからこそ、70年の実績を持つ日本のディーラーが正規に扱うという事実が、単なる販売代行を超えた保証として働く。整備も部品も下取りも、日本の消費者がよく知る名前が引き受ける——この構図が、中国という出自に付く警戒を、実務の安心で相殺していく。技術や価格でどれだけ優れていても超えられなかった最後の一枚を、信頼の貸与で越えようとする試みである。海外の観察者がこの提携を過小評価しがちなのは、日本市場における信頼という無形の障壁の高さを、外から測りにくいからだ。

繰り返す構図

かつてヤナセが、得体の知れなかった外国の高級車を日本に根づかせたのと同じ役回りを、いま中国のEVメーカーに対して演じようとしている。製品を持つ側と、それを信頼へ変える補完資産を持つ側が手を組み、市場で最も高い無形の壁を越えにかかる——構図は70年前と変わらない。変わったのは、越えられる側がドイツから中国へ移ったことだけである。

RACCOという一台の軽EVが日本でどれだけ売れるかは、これから数年の販売の現場が答えを出す。だがその数字の手前で、良い製品を作る力と、それを安心に変える力は別物であり、後者を持つ者が市場の門番になるという事実は、すでにこの提携が示している。中国の技術と日本の信頼を橋渡しする試みが機能するかどうかは、世界の自動車産業が注視すべき実験になる。