中国の電気自動車(EV)市場は、政府補助金の段階的終了後も比亜迪(BYD)を筆頭に拡大を続けるが、その裏で新興勢力の淘汰と寡占化が進行している。中国汽車工業協会の2024年1月発表によれば、2023年の新エネルギー車(NEV)販売台数は前年比37.9%増の949.5万台に達した。しかし、この成長は激しい価格競争を伴い、車載電池から半導体にまで至るサプライチェーン全体を圧迫している。完成車での競争激化と、基幹部品・素材での商機という二律背反の状況は、日本の関連産業に戦略の再定義を迫る。
補助金終了、価格競争と淘汰の現実
2022年末の車両購入補助金の全面的な終了は、中国EV市場の競争環境を一変させた。成長の踊り場が警戒されたものの、実態は大手による価格引き下げ競争への突入だった。米テスラが2023年初頭に主力車種「モデル3」を最大13.5%値下げすると、BYDや蔚来汽車(NIO)など40社以上が追随。結果として、市場の寡占化が加速した。市場調査会社TrendForceの2024年3月報告書によると、2023年の中国市場におけるEV販売台数上位5社(BYD、Tesla、広州汽車集団、上海汽車集団、理想汽車)の合計占有率は6割を超え、前年から5.8ポイント上昇した。特に首位BYDは単独で35%の占有率を確保し、2位テスラの15%を大きく引き離している。この価格競争の体力がない新興メーカーは苦境に陥り、かつて「新興御三家」の一角と目された威馬汽車(WM Motor)は2023年10月に経営破綻を申請。市場から淘汰される事例が現実のものとなった。消費者の選択基準が、目新しさから価格、航続距離、充電インフラといった実用性へと移行したことが、実績のある大手への集約を後押ししていると見られる。
なぜBYDは独走を続けられるのか?
BYDの強さの根源は、電池から半導体までを手掛ける徹底した「垂直統合」モデルにある。同社はもともと携帯電話向け電池メーカーとして創業しており、EVの心臓部である車載電池を自社開発・生産する。特に、リン酸鉄リチウムイオン(LFP)電池の一種である「ブレードバッテリー」は、エネルギー密度を維持しつつ、セルを省略して直接パックに組み込む「セル・トゥ・パック」技術で安全性とコスト競争力を両立させた。これにより、原材料であるリチウム価格の変動にも耐性が高い。国際エネルギー機関(IEA)の2023年版「Global EV Outlook」によれば、EV用電池の正極材としてLFPの占める割合は2022年に約30%に達し、コスト重視の市場で存在感を増している。さらに、BYDは子会社の比亜迪半導体を通じて、EVの電力制御に不可欠なIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)も内製化している。これにより、世界的な半導体不足の影響を最小限に抑え、安定した生産体制を維持できた。この垂直統合戦略が、他社が追随できない価格設定と、バッテリー式電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)を両輪で展開する柔軟な製品構成を可能にしている。
CATLの電池供給網とNIOの苦闘
BYDが内製化で独走する一方、他の多くのEVメーカーは外部の電池メーカーへの依存を強いられる。その供給網の頂点に君臨するのが、福建省に本拠を置く寧徳時代新能源科技(CATL)だ。韓国の市場調査会社SNE Researchの2024年2月のデータによれば、CATLは2023年の車載電池世界市場で36.8%の占有率を確保し、7年連続で首位を維持した。同社はテスラ、NIO、小鵬汽車(Xpeng)といった有力メーカーに電池を供給し、事実上の生殺与奪権を握る。特に高級路線を走るNIOは、航続距離を確保するため高性能な三元系(NCM)電池に依存しており、電池コストが車両価格の約4割を占める。NIOの2023年通期決算では、純損失が207億人民元(約4400億円)に拡大し、粗利益率も5.5%と前年の10.4%から半減した。これは、CATLからの電池調達コストの高さと、BYDなどが仕掛ける価格競争への対応に苦慮した結果である。NIOは電池交換ステーションという独自のサービスで差別化を図るが、重い資産と運営費用が収益を圧迫する構造的な課題を抱えている。CATLはさらに、エネルギー密度255Wh/kgを誇る「麒麟電池」や、ナトリウムイオン電池といった次世代技術の開発も進めており、その支配力は当面揺るがないと見られる。
車載半導体、米規制下での自給戦略
米国の対中半導体規制は、先端ロジック半導体に焦点が当てられているが、EVで多用されるパワー半導体やマイコンは比較的成熟した工程で製造されるため、直接的な影響は限定的だ。しかし、中国政府はこれを機に国内での半導体自給率向上を国家目標に掲げ、EV産業をその牽引役と位置付けている。経済産業省の2023年版「不公正貿易報告書」は、中国が半導体産業に巨額の政府補助金を投じ、特に成熟工程での生産能力を急拡大させている点を指摘している。この政策の恩恵を受ける形で、BYDだけでなく、上海汽車集団(SAIC)傘下のEVブランド「智己汽車(IM Motors)」が半導体設計企業と連携するなど、自動車メーカー自身が半導体の設計・開発に関与する動きが広がっている。彼らが狙うのは、IGBTやSiC(炭化ケイ素)パワー半導体といった電力効率を左右する基幹部品の内製化だ。SiCパワー半導体は、従来のSi(シリコン)製に比べ電力損失を50%以上低減できるため、EVの航続距離延長に直結する。現在この分野は独インフィニオンテクノロジーズや日本のローム、三菱電機が先行するが、中国勢が国策として猛追する構図である。米国の規制が、結果として中国のEV産業における半導体サプライチェーンの垂直統合と国産化を促す皮肉な状況が生まれている。
日本企業が直面する選択
中国EV市場の構造変化は、日本の自動車・部品メーカーに複雑な選択を突きつける。完成車市場では、トヨタ自動車や日産自動車がBYDなど現地勢の価格攻勢に苦戦を強いられている。中国乗用車市場情報聯席会(CPCA)の統計によれば、2023年における日系メーカーの中国での乗用車販売シェアは17.0%と、前年から3.3ポイント低下した。現地消費者の嗜好に合わせた製品投入の遅れが指摘されるなか、もはや品質やブランドだけでは戦えない段階に入った。一方で、サプライチェーンの上流に位置する日本企業には大きな商機が残る。EVの性能を左右する基幹部品や素材分野では、日本の技術的優位性は依然として高い。例えば、SiCパワー半導体の基板となる高品質なSiCウエハーでは、日本の企業が世界市場で高い占有率を持つ。また、電池の性能と安全性を決定づけるセパレーター(絶縁材)や、モーターに使われる高性能な磁石、軽量化に貢献する特殊鋼板など、日本企業が強みを持つ領域は多い。旭化成や東レといった素材メーカーは、中国の電池大手との関係を深化させている。今後の戦略は二極化するだろう。一つは、ロームや村田製作所のように、中国勢が容易に模倣できない高付加価値な部品・素材の供給に特化し、技術的優位性を維持する道。もう一つは、デンソーやアイシンのように、現地メーカーとの合弁事業や提携を深め、巨大市場の成長を取り込む道である。いずれの戦略を選択するにせよ、中国市場の動向を精密に分析し、技術の流出リスクを管理しながら、競争と協業の領域を冷静に見極める経営判断が不可欠となっている。
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