中国経済は、第14次五カ年計画(2021-2025年)の最終年を迎え、重大な岐路に立たされている。国内ではデフレ懸念がくすぶり、電気自動車(EV)や太陽光パネルなどの特定産業では「過当競争」が深刻化。一方で、習近平指導部は格差是正を目指す「共同富裕(格差是正政策)」を掲げる。この二つの課題の狭間で、持続可能な成長モデルへの転換が急務となっている。北京大学の著名な経済学者とバイオテクノロジー企業の経営者による対談を機に、この構造的問題の深層を分析する。

事実の整理

中国の著名な経済学者である北京大学国家発展研究院の姚洋氏と、遺伝子解析大手BGIグループ(華大集団)の尹烨CEOが、国内メディアの対談で中国経済が直面する「過当競争」と「共同富裕(格差是正政策)」について議論した。この対談は、2025年に終了する第14次五カ年計画と、2026年から始まる次期「第15次五カ年計画」の策定を前に、経済の構造的課題に対する問題意識が学術界と産業界で共有されていることを示している。

主にな論点は、現在の過当競争が社会全体の発展に寄与しない「消耗戦」であるとの認識だ。両氏は生物学の進化論を引用し、現在の競争がダーウィン的な適者生存による「進化」ではなく、共倒れにつながりかねない非効率な状態にある可能性を示唆した。この議論は、政府が掲げる「質の高い発展」と現実との乖離を浮き彫りにしている。

表層的原因と直接的仕組み

過当競争の直接的な引き金は、需要の伸び悩みと供給能力の過剰な拡大という需給の不均衡にある。不動産市場の長期低迷や消費者信頼感の低下が国内需要を抑制する一方で、政府の産業政策に後押しされたEV、車載電池、太陽光発電などの分野へ投資が集中。その結果、膨れ上がった生産能力が国内で吸収しきれず、企業は生き残りをかけて採算度外視の価格競争に突入している。

中国国家統計局が発表した2024年4月の生産者物価指数(PPI)は前年同月比で2.5%下落し、19ヶ月連続のマイナスを記録。これは企業間の価格競争の激しさを物語る。政府は過剰生産能力の是正を呼びかけるが、地方政府にとっては雇用維持と経済成長率(GDP)達成が優先課題だ。そのため、補助金や優遇融資を通じて非効率な企業を延命させるインセンティブが働き、中央政府の意図とは裏腹に市場の淘汰機能が阻害される構造となっている。

深層的原因と構造的背景

現在の問題の根源は、過去の経済政策の積み重ねにある。2008年の世界金融危機後に行われた4兆元(当時のレートで約57兆円)規模の景気刺激策は、投資主導の成長モデルを定着させた。その後、2015年に「供給側構造改革」が打ち出され、過剰生産能力の削減が試みられたが、鉄鋼や石炭などの旧来型産業が対象の中心で、新興戦略産業への投資はむしろ加速した。

さらに、米中対立の激化を受けて2020年に提唱された「双循環」戦略は、国内需要を経済成長の主軸に拠えることを目指したが、その実現は難航している。若年層の高い失業率(2023年6月には21.3%に達したと公表後、算出方法を変更)が示すように、内需の担い手である家計部門は力強さを欠く。こうした中で、輸出で活路を見出そうとする企業行動が、国際市場での価格競争を激化させ、欧米との貿易摩擦を再燃させる一因となっている。

構造分析と政策・産業のメタパターン

中国経済の運営には、特定の産業を国家目標として指定し、資源を集中投下する「運動式」とも言えるパターンが繰り返し見られる。太陽光パネル産業(2010年代)、シェアサイクル(2017年頃)、そして現在の新エネルギー車産業は、いずれも「政府の号令→補助金と投資の殺到→バブル的な拡大→過剰生産と過当競争→政府による淘汰・再編」というサイクルを辿ってきた。

このパターンは、市場メカニズムよりも党の計画と指導を優先する統治思想の表れだ。過当競争は、このトップダウン型発展モデルが必然的に生み出す副作用と見ることができる。そして、「共同富裕(格差是正政策)」政策は、このモデルが生み出した富の偏在と社会の歪みを是正しようとする試みである。しかし、その実現のために行われたITプラットフォーム企業や教育産業への突然の規制強化は、市場の予測可能性を著しく損ない、民間投資を冷え込ませる結果を招いた。

推察されるのは、党指導部が「成長の効率性」と「分配の公平性(と社会の安定)」という二律背反の課題の間で、最適解を見出せずにいるという実態だ。次期第15次五カ年計画の策定過程では、この根源的なジレンマを巡り、水面下で激しい政策論争が繰り広げられている可能性が指摘される(推測)

日本への影響

中国経済の「消耗戦」が日本企業にもたらす影響は多岐にわたる。特に、バイオテクノロジー分野で世界的な存在感を示すBGIグループの尹烨CEOが指摘するような、過剰な競争による「社会の疲弊」は、中国市場に進出する日本企業にとって看過できないリスクだ。例えば、日本企業が強みを持つ自動車部品や電子部品分野では、中国国内企業の過当競争が価格下落を招き、サプライチェーン全体の収益性を圧迫する可能性がある。

また、中国が「第14次五カ年計画」の最終年を迎え、デフレ懸念が払拭されずに次期「第15次五カ年計画」へと移行する中で、「共同富裕」政策がイノベーション抑制的に作用する場合、日本企業が期待する高付加価値製品の需要が伸び悩む恐れがある。これは、中国市場での事業戦略を再考する契機となる。

一方で、経済学者の姚洋氏が「消耗戦」と「進化」を区別するように、中国政府が過当競争を抑制し、質の高い発展へと舵を切れば、日本企業にとっては新たな機会も生まれる。例えば、環境技術や高齢化社会に対応するヘルスケア分野など、中国が持続可能な成長を目指す上で必要とする技術やサービスにおいて、日本企業の貢献が期待されるだろう。重要なのは、中国市場の構造変化を正確に捉え、過当競争の波を乗り越えるための差別化戦略を構築することだ。

情報信頼性評価

本分析の基点となった専門家の対談は、中国国内の大手経済メディア「第一財経」などで報じられており、議論の存在自体は事実である。姚洋氏、尹烨氏ともに各分野の権威であり、その発言は中国国内のインテリ層や産業界が抱える問題意識を反映している。しかし、これはあくまで公開された場での議論であり、中国共産党の非公開の政策決定プロセスを直接示すものではない。

過剰生産やデフレ圧力に関するデータは、中国国家統計局や業界団体から公表されているが、その数値の信頼性や解釈には常に注意が必要だ。特に、次期第15次五カ年計画で「過当競争」の是正と「共同富裕(格差是正政策)」の推進がどのように具体化されるかは、公式文書が発表されるまで依然として不透明な部分が多い。

Core Insight (核心まとめ)

中国経済の「過当競争」は単なる市場の失敗ではなく、国家主導の産業政策と地方政府のインセンティブの歪みがもたらす構造的帰結であり、「共同富裕(格差是正政策)」との両立は次期5カ年計画の根幹を揺るがすジレンマである。