中国の自動運転市場がレベル3技術の商用化で急拡大期に入った。中核をなすAI半導体は米国の輸出規制強化でNVIDIA製品の導入が絶たれ、独自の供給網構築が急務となっている。市場規模が2030年に500億ドル超(SIA予測)に達する中、中国自動車大手はQualcomm製品への依存を低減しつつ、地平線機器人など国内勢の採用を加速。米中技術摩擦は、車載半導体の勢力図を根底から書き換えようとしている。
米規制強化、NVIDIA「特注品」も対象に
米国の対中半導体規制が、中国の自動車産業の神経中枢である自動運転技術の開発を直撃している。米商務省産業安全保障局(BIS)が2023年10月17日に発表した規制強化策は、中国のAI開発能力を根底から削ぐことを目的としており、その影響はデータセンター向けにとどまらない。具体的には、演算性能の密度を示す新たな基準が導入され、NVIDIAが中国市場向けに性能を調整した「H800」や「A800」といったGPU(画像処理半導体)の輸出が完全に停止された。さらに、高性能な消費者向け製品である「GeForce RTX 4090」までもが規制対象に含まれたことは、AIモデルの学習用途で広く利用されていた代替経路をも塞ぐ強い意志の表れである。NVIDIAが2024年5月に公表した第1四半期決算では、データセンター部門の売上高に占める中国の割合が、規制前の約20-25%から「1桁台半ば」へと急落したことが明記されており、規制の効果が数値で裏付けられた。この供給途絶は、自動車メーカーが自動運転アルゴリズムを開発・訓練するために不可欠な大規模計算基盤の構築を著しく困難にしている。
なぜ「地平線機器人」が代替の本命なのか?
NVIDIAという巨人の不在は、中国国内の半導体設計企業に未曾有の機会をもたらした。その筆頭が、北京に本拠を置く地平線機器人(Horizon Robotics)である。同社が代替の本命と目される理由は、製品性能と市場浸透度の両面にある。主力製品である「征程(Journey)」シリーズは、自動運転の「目」と「脳」にあたる認識・判断処理に特化したSoC(System-on-a-Chip)だ。2021年発表の「征程5」は、128TOPS(毎秒128兆回の整数演算)の処理能力を持ち、最大16個のカメラ映像を同時に処理できる。これは、レベル2+からレベル4の自動運転システムに要求される性能水準を満たす。さらに2024年4月に発表された「征程6」は、単一チップで最大560TOPSを実現し、生成AIの車載応用までを視野に入れる。同社の強みは、BPU(Brain Processing Unit)と呼ぶ独自のプロセッサー設計にある。これは、自動運転で多用される畳み込み神経網(CNN)の演算に最適化されており、限られた消費電力で高い演算効率を達成する。この電力効率は、航続距離が重視される電気自動車(EV)にとって決定的に重要だ。BYD、理想汽車(Li Auto)、NIOといった中国の新興EVメーカーから大手国有企業まで20社以上が採用を決め、2023年末時点での征程シリーズ累計出荷数は400万個を超えたと同社は発表している。競合の黒芝麻智能(Black Sesame Technologies)が「華山(A1000)」シリーズで追うが、採用実績とエコシステムの広がりで地平線機器人が一歩リードする構図と見られる。
レベル3解禁が促す半導体需要の構造変化
2025年以降、中国各地で本格化する「レベル3自動運転」の商用化は、車載半導体の需要を量・質ともに一変させる。レベル3とは、高速道路の渋滞時など特定条件下でシステムが全ての運転操作を担い、運転手は前方監視義務から解放される「条件付き運転自動化」を指す。これは、運転手が常に操作の責任を負うレベル2(運転支援)とは法的位置づけが根本的に異なる。安全性を担保するため、システムには冗長性(二重三重の安全機構)が求められ、搭載される半導体の数と性能要求が飛躍的に高まる。例えば、レベル2では5TOPS程度のAI処理能力で十分だったものが、レベル3では最低でも50TOPS以上、高機能なシステムでは200TOPSを超える演算能力が必要となる。米調査会社ガートナーの予測では、レベル3以上の自動運転機能を搭載した車両の生産台数は、2025年の約74万台から2030年には1,400万台超へと約19倍に拡大する。これに伴い、1台あたりの半導体搭載額も、従来の自動車が平均500ドル程度であるのに対し、先進的なEVでは2,000ドルを超え、将来的には4,000ドルに達するとの試算もある(デロイトトーマツ分析)。この需要爆発を前に、中国自動車メーカーは、これまで優位にあった米Qualcommの「Snapdragon Ride」プラットフォームへの依存リスクを再評価し、地平線機器人や黒芝麻智能といった国内調達先との連携を深める動きを加速させている。
TSMC南京工場、28nmが握る供給の生命線
最先端のAI半導体開発が米国の規制で壁に直面する一方、中国の車載半導体供給網で戦略的な生命線となっているのが、比較的成熟した製造技術である「28ナノメートル(nm)プロセス」だ。これは、原子レベルの微細化を競うスマートフォン向け半導体(3nmや2nm)とは異なり、信頼性とコスト効率に優れるため、自動車の制御を担うMCU(マイクロコントローラーユニット)や、一部のAIアクセラレーターの製造に広く用いられる。この領域で重要な役割を担うのが、世界最大の半導体受託製造企業である台湾積体電路製造(TSMC)の南京工場である。同工場は月産能力約10万枚(300mmウエハー換算)を持ち、主に16nmと28nmプロセスでの製造を手掛ける。米国の規制は14/16nmより先端のロジック半導体製造装置の中国向け輸出を禁じているが、28nmは規制対象外だ。これにより、TSMC南京工場は地平線機器人の「征程」シリーズなど、中国企業が設計した多くの車載半導体の量産拠点として機能し続けている。台湾経済部の統計によれば、2023年の台湾から中国本土への集積回路輸出額は前年比12%減の783億ドルとなったが、車載向けなどの成熟プロセス品は底堅く推移した。中国国内の受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)も28nmの生産能力を増強しているが、TSMCが持つ生産安定性や歩留まりの高さは、自動車メーカーにとって依然として魅力的である。この「枯れた技術」の供給能力こそが、当面の中国自動車産業の競争力を下支えする構図となっている。
日本企業が直面する二つの岐路
中国の自動運転市場の地殻変動は、日本の関連産業に二つの相反する岐路を提示している。一つは、巨大な供給網への参画機会である。ルネサスエレクトロニクスが手掛ける高性能MCUや、ソニーグループのCMOS画像センサーは、依然として世界最高水準の競争力を持つ。中国の自動運転システムが高度化するほど、こうした高品質な基幹部品への需要は増大する。特に、米国の規制下で中国企業が自前で設計したAIチップと、日本の高性能センサーや制御用半導体を組み合わせるハイブリッド型の解決策は、現実的な選択肢として浮上する。中国自動車工業協会の発表では、2025年の新エネルギー車販売台数は1,300万台に達する見込みであり、この巨大市場で部品供給の地位を確立することは、短期的な収益確保につながる。
もう一つは、長期的な技術主導権の喪失リスクだ。現在は部品供給で優位に立つ日本企業も、中国が国家戦略として推進する半導体国産化の波にいずれ飲み込まれる可能性がある。地平線機器人のようなファブレス企業が設計能力を高め、SMICのような国内製造基盤が成熟すれば、センサーやMCUといった領域でも現地調達への切り替えが進むことは避けられない。トヨタ自動車やホンダといった日本の完成車メーカーは、ソフトウェア定義車両(SDV)への転換で中国勢に後れを取っており、その差は広がりつつある。日本企業は、強みである基幹部品の供給を続ける一方で、次世代の車載コンピューティング基盤や、国際標準の形成といった、より上流の価値創出領域で主導権を握るための戦略的投資を急ぐ必要がある。米中対立の狭間で、単なる供給者にとどまるか、未来のルールを作る側に回るか、その選択が問われている。