中国の国有自動車大手、長安汽車が掲げた年間100万台の電動車販売目標は、国家主導の技術自立戦略が新たな段階に入ったことを示す。この背景には、BYDやCATLといった民間企業が先行する車載電池・半導体分野で、国有企業群が巻き返しを図る政府の強い意志がある。中国汽車工業協会(CAAM)の2024年1月発表によれば、2023年の中国国内の新エネルギー車販売は前年比37.9%増の949.5万台に達した。この巨大市場を武器に、炭化ケイ素(SiC)パワー半導体や次世代電池材料の国産化が加速する一方、日本の素材・装置メーカーが供給網の急所を握る構造は変わらない。本稿ではその実態をデータに基づき解き明かす。
長安汽車100万台目標の産業的意味
長安汽車集団が打ち出した「2025年までに電動車の年間販売100万台」という目標は、単なる一企業の経営計画ではない。中央政府が直轄する国有企業「中央企業」の一角として、国家戦略を遂行する号砲と見るべきだ。同社の2023年における新エネルギー車販売実績は約47万台であり、2年で倍増させる野心的な計画となる。これは、先行する民間最大手BYDの同年の販売実績302万台(プラグインハイブリッド車含む)には遠く及ばないが、国家の威信をかけて内燃機関からの転換を加速する姿勢を鮮明にした。中国国内の乗用車市場におけるBYDのシェアは2023年時点で11%を超え、独フォルクスワーゲンを抜き初めて首位に立った(中国乗用車市場情報聯席会調べ)。この民間企業の躍進に対し、政府は国有企業群を通じて産業全体の統制と技術基盤の安定化を図ろうとしている。長安汽車や上海汽車集団(SAIC)、第一汽車集団(FAW)といった伝統的な国有大手が電動化で後れを取る状況は、産業政策の観点から許容しがたい。今回の目標設定は、電池や半導体といった中核部品の調達においても、BYDやCATLといった特定の民間企業への過度な依存から脱却し、国有企業を中心とした供給網を再構築する長期的な布石と見られる。
車載半導体、SiC国産化はなぜ急務か?
電動車の性能を決定づける中核部品が、モーターの制御に用いるパワー半導体だ。特に次世代材料として注目される炭化ケイ素(SiC)は、中国が技術自立を急ぐ最重要領域の一つである。SiCパワー半導体は、従来のシリコン(Si)製に比べ、電力損失を50%以上低減し、熱伝導率が約3倍高いという物理的特性を持つ。これにより、インバーター(直流を交流に変換する装置)の小型化と高効率化が可能になり、結果として電動車の航続距離延長と充電時間の短縮に直結する。製造工程では、高温環境下での結晶成長(昇華法)で高品質なSiCウエハーを製造する必要があり、この段階で日本のディスコやSCREENホールディングス製の研削・洗浄装置が重要な役割を担う。中国勢は三安光電や基本半導体などが8インチウエハーの量産化を目指すが、欠陥密度や歩留まりの面で、米ウルフスピードや独インフィニオンテクノロジーズ、日本のロームといった先行企業に依然として差をつけられているのが実情だ。市場調査会社Yole Groupの2023年報告によれば、車載用SiC市場は2028年に70億ドル規模へ成長すると予測されるが、現時点での中国企業の市場占有率は10%未満とみられる。政府主導の投資ファンドが巨額の資金を投じ、国産化を後押しする背景には、米国の対中半導体規制が将来的にパワー半導体分野へ拡大することへの強い警戒感がある。
電池覇権争うCATLとBYDの次の一手
電動車の心臓部である車載電池では、中国の寧徳時代新能源科技(CATL)とBYDが世界市場を席巻している。韓国の調査会社SNEリサーチの2024年2月発表によると、2023年の世界車載電池市場における両社の占有率は合計で53.1%(CATLが36.8%、BYDが16.3%)に達した。両社の競争は、エネルギー密度やコストだけでなく、電池パックの構造革新にも及んでいる。CATLが2022年に発表した「麒麟電池」は、セル(電池の最小単位)を直接パックに組み込む「セル・トゥ・パック(CTP)」技術を発展させ、冷却機構をセルの側面に配置することで体積利用率を72%に高めた。これにより、一般的なニッケル・マンガン・コバルト(NCM)系材料で1000kmの航続距離を実現したとされる。一方、BYDは「ブレードバッテリー」で対抗する。リン酸鉄リチウムイオン(LFP)を用いた長さ96cmの刃のような形状のセルを直接パックに組み込み、構造強度を高めつつコストを抑制。この技術はテスラの「モデルY」の一部にも採用された。両社が次に狙うのは、全固体電池やナトリウムイオン電池といった次世代技術だ。しかし、これらの革新も、正極材や負極材、電解液、そしてセパレーター(絶縁材)といった基盤材料の安定供給が前提となる。特に高性能セパレーター市場では旭化成や東レといった日本企業が約4割の世界シェアを握っており(富士経済2023年調査)、中国の電池大手といえども日本の素材技術への依存から完全に脱却するには至っていない。
見え隠れする「官製」供給網の限界
中国政府は国有企業を軸とした「紅色供給網」の構築を目指すが、その道のりは平坦ではない。先端技術領域ほど、民間企業の活力と国際分業への依存が不可欠となるためだ。例えば、電動車の「頭脳」にあたる高性能なSoC(システム・オン・チップ)や自動運転用AI半導体では、米エヌビディアやクアルコムの設計が依然として優位を保つ。中国の地平線機器人(Horizon Robotics)などが設計能力を高めているが、製造は台湾積体電路製造(TSMC)など海外のファウンドリー(半導体受託製造企業)に頼らざるを得ない。また、半導体製造に不可欠な超高純度のフッ化水素やフォトレジスト(感光材)は、ステラケミファやJSR、信越化学工業といった日本企業が世界市場で9割近い占有率を持つ品目も存在する。2019年に日本政府が実施した韓国向け輸出管理の厳格化は、特定国が供給網の急所を握ることの戦略的重要性を浮き彫りにした。中国が同様の状況に直面する可能性は常にあり、国内での代替生産を急ぐものの、長年の技術蓄積が必要な素材分野での完全な自給自足は非現実的だ。長安汽車のような国有企業が販売台数目標を達成できたとしても、その中身が海外技術への依存を深める結果となれば、国家が目指す「技術自立」とは程遠いものになる。このジレンマが、官製供給網構想の根本的な限界を示している。
日本企業が直面する選択
中国の国家主導による電動車産業の強化は、日本の自動車および部品メーカーにとって脅威と機会の両側面を持つ。完成車市場での競争激化は避けられない一方、中国が自給自足できない技術領域では、日本企業の存在感がむしろ高まる可能性がある。特に、前述のSiCウエハーの加工装置や高品質な電池部材、精密モーターの基幹部品といった分野では、日本企業の技術的優位は当面揺るがないと見られる。中国企業からの旺盛な需要は、これらの日本企業にとって短期的な収益機会となる。しかし、それは同時に中国側の技術吸収を助長するリスクもはらむ。過去、高速鉄道や液晶パネルの分野で日本技術が移転され、やがて中国企業が強力な競争相手として現れた歴史は記憶に新しい。重要なのは、単なる部品供給者にとどまらず、次世代技術の開発で先行し続けることだ。例えば、全固体電池の実用化や、さらにその先の革新的な材料開発において主導権を握ることができれば、供給網における日本の不可欠性を維持できる。経済産業省が2023年4月に策定した「蓄電池産業戦略」では、2030年までに国内で150GWhの電池生産能力を確保する目標が掲げられた。政府と民間が一体となり、研究開発投資と国内生産基盤の強化を両輪で進め、技術の流出管理を徹底しながら国際的な協業の枠組みを主導していく。そうした戦略的な立ち回りが、日本の産業競争力を維持する上で不可欠な局面を迎えている。
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