世界の自動車アフターマーケットで、中国を起点とする電子商取引(EC)プラットフォームの存在感が急速に高まっている。S&P Global Mobilityの2023年調査によれば、世界の稼働車両16億台が形成する部品・補修市場は2.3兆ドル規模に達する。この巨大市場で、従来は米eBayなどが主導してきたEC領域に、TemuやSheinといった新興勢力が価格破壊を伴って参入。日本のデンソーやアイシンといった大手部品メーカーは、品質での差別化と価格競争という二正面での対応を迫られ始めた。
2.3兆ドル市場、EC化率25%への道
自動車アフターマーケットは、新車販売後の交換部品、アクセサリー、整備サービスなどを含む巨大な経済圏を形成する。市場規模はS&P Global Mobilityの2023年11月時点の推計で2.3兆ドル(約350兆円)を超え、世界の稼働車両総数は16億台に達した。この市場の成長を支える構造的要因は、車両の平均使用年数の長期化だ。同社の調査では、米国における平均車齢は2023年に過去最高の12.5年を記録。欧州でも12年を超えており、修理や機能維持のための部品需要が安定的に拡大している。
この伝統的市場で、近年最も大きな構造変化がEC化の進展である。米調査会社Hedges & Companyが2024年1月に公表した予測によれば、2025年までに自動車部品・アクセサリーのオンライン販売額は世界で3,580億ドルに達し、アフターマーケット全体の約15%を占める見通しだ。特に北米市場ではEC化が先行し、2028年には市場全体の25%に達するとされる。この潮流は、コロナ禍を経て消費者の購買行動が非対面へ移行したことで決定的に加速した。従来、専門知識を要するため対面販売が主流だった部品分野でも、車種情報と部品番号を照合するデータベースの高度化により、個人による購入障壁が大幅に低下したことが背景にある。
なぜ中国勢は価格破壊を起こせるのか
このデジタルシフトの波に乗り、市場秩序を揺るがしているのが中国発のEC事業者だ。アリババグループの「AliExpress」が先行していた市場に、2022年以降、拼多多(Pinduoduo)傘下の「Temu」や「Shein」が相次ぎ参入。彼らの戦略の核は、製造業者と世界中の消費者を直接結びつけることで、卸売業者や輸入代理店といった従来の中間流通を排除し、圧倒的な低価格を実現する点にある。例えば、特定車種向けのLEDヘッドライトバルブが、純正品の3分の1以下の価格で販売される例は珍しくない。
この価格競争力を支えるのが、中国・広東省深圳市や浙江省義烏市などに集積する巨大な産業基盤だ。数千社の中小部品メーカーが多品種少量生産に即応できる体制を構築しており、ECプラットフォームからの注文データに基づき、売れ筋商品を数週間単位で生産・出荷する。米国の「232条項」や対中半導体規制などのマクロな通商摩擦がありながらも、個別の自動車部品のようなミクロな取引では、米国の「デミニミス規定(少額貨物に対する関税免除制度)」が中国勢の追い風となっている。800ドル以下の個人輸入品は関税がかからないため、プラットフォーム側が送料を負担してもなお、価格優位性を保ちやすい構造だ。
Temuが狙う「中間流通」なき供給網
Temuのビジネスモデルは、単なる安売りではない。サプライチェーンのデジタル化によって、需要予測から生産、国際物流までを一気通貫で管理する「完全管理型プラットフォーム(Fully-Managed Platform)」を志向している点に本質がある。出店する製造業者は商品の生産に専念し、価格設定、マーケティング、顧客対応、配送の全てをTemu側が代行する。これにより、製造業者は海外市場のリスクを負うことなく、生産規模の拡大に集中できる。
このモデルは、アフターマーケットの伝統的な多階層サプライチェーンを根底から覆す可能性を秘める。従来は、部品メーカーから一次卸、二次卸、小売店、修理工場を経て消費者に届くまでに、各段階で利鞘が上乗せされていた。Temuのモデルでは、この中間コストがほぼ消失する。eBayが2023年8月に公表した「State of Automotive Parts & Accessories eCommerce」報告書でも、販売事業者の戦略が「ロングテール商品の拡充」と「売れ筋消耗品の規模追求」に二極化していると指摘されており、Temuは後者の領域で既存の電子商取引モデルさえも破壊しようとしている。その結果、従来はブランド力と供給網で優位に立っていたデンソーや独ボッシュ、ZFといったメガサプライヤーも、消耗品分野では土俵の違う競争を強いられることになる。
純正品ビジネスを揺るがす「模倣」の高度化
中国勢の台頭がもたらすもう一つの脅威は、製品の模倣とリバースエンジニアリングの高度化だ。かつての低品質な模倣品とは異なり、近年では純正品(OEM品)の3Dスキャンデータや、車両のCAN(Controller Area Network)通信プロトコルを解析して作られた高機能な社外品が増加している。例えば、純正ナビゲーションシステムと完全に互換性を持つ大画面ディスプレーや、車両診断ポート(OBD2)から情報を取得して表示するデジタルメーターなどが、純正品の半値以下で流通している。これらの製品は、単なる「交換部品」ではなく、車両の機能を拡張する「アップグレード部品」としての性格を帯び、新たな需要層を開拓している。
この動きは、自動車メーカーや大手部品メーカーが収益の柱としてきた純正部品ビジネスの根幹を揺るがす。日本自動車部品工業会(JAPIA)の2022年度統計によれば、会員企業の補修部品売上高は約1.5兆円に上る。この安定収益源が、高度化した社外品との競争に晒されることになる。特に、特許権が切れた旧世代車種の部品や、意匠権の保護が及ばない機能部品は格好の標的となる。品質や耐久性、安全性では依然として純正品に分があるものの、価格を重視する消費者層がEC経由で社外品に流れる動きは、今後さらに加速すると見られる。
日本企業が直面する選択
中国発ECプラットフォームの世界展開は、日本の部品メーカーや商社にとって、脅威であると同時に機会でもある。ブレーキパッドやオイルフィルターといった消耗品、あるいは汎用的な外装部品の分野では、価格競争の激化は避けられない。ここでは、生産拠点の最適化や自動化によるコスト削減努力に加え、長年培ってきた品質管理能力や材料技術を訴求し、「価格」以外の価値基準を市場に提示し続ける必要がある。例えば、日本特殊陶業の点火プラグが持つ燃焼効率改善効果や、曙ブレーキ工業の製品が持つ耐摩耗性といった定量的な性能差を、消費者に対して直接的に訴求するデジタルマーケティング戦略が不可欠となる。
一方で、この潮流は日本の高品質な部品を世界市場へ展開する新たな販路を開くものでもある。これまで商社や現地の代理店を介さなければ届かなかった海外の個人ユーザーや小規模な修理工場に対し、グローバルなECプラットフォームを活用して直接販売する道筋だ。特に、特定車種の性能を極限まで高めるためのチューニングパーツや、旧車を維持するための復刻部品など、日本の製造業が得意とする高付加価値・ニッチ市場には大きな可能性がある。自社の技術的優位性を正確に把握し、それを求める世界の顧客層へ直接届けるためのデジタル戦略を構築できるか。日本の部品産業は、伝統的な系列取引の枠を超えた、新たな生存戦略の岐路に立たされている。その巧拙が、今後10年の国際競争力を左右することになるだろう。