ブルーオリジンのニューグレンが2026年5月28日に燃焼試験中爆発。BE-4とラプターの燃焼方式の違い、再使用25回構想、ベゾスの忍耐資本とアマゾンLeo、中国の量産と日本の素材産業まで、宇宙2強の競争を技術と数字で解き明かす。
米ブルーオリジンの大型ロケット「ニューグレン」が2026年5月28日、発射台での燃焼試験中に爆発し、機体を全損した。創業者ジェフ・ベゾスが四半世紀をかけて挑む宇宙開発は、評価額1.7兆ドルに迫るスペースXの背中をなお追う。だが両社の競合は無駄な重複ではない。エンジンの燃焼方式から資金の時間軸、衛星とデータセンターの融合まで、宇宙輸送という巨大インフラの主導権争いは、日本の素材産業にも無縁ではない。
燃焼試験で全損した夜
爆発は2026年5月28日午後9時(米東部時間)、フロリダ州ケープカナベラル宇宙軍基地の発射場「LC-36」で起きた。7基の「BE-4」エンジンを束ねた第1段の燃焼試験(スタティックファイア=地上での静止燃焼)の最終カウントダウン中、高さ約57メートルの第1段が急速に炎に包まれ、その上の約26メートルの第2段が傾いて倒れ込み、メタンと液体酸素が引火して機体は火球と化した。作業員に負傷者はなく、避雷塔と機体を立てる支持構造が損傷した。米連邦航空局(FAA)が調査に入り、ブルーオリジンは再発防止へ9項目の是正措置を示した。
痛手の大きさは、直前の好調と対比すると際立つ。ニューグレンは2026年4月19日の3号機(NG-3)で、2025年11月の2号機で使った第1段ブースターを回収・再使用し、洋上の回収船「ジャクリーン」への着陸を初めて成功させていた。だが同じ飛行で第2段の水素エンジン「BE-3U」2基のうち1基が規定推力に届かず、搭載衛星は目標から外れた軌道に取り残された。FAAは4月末にいったん飛行を停止させ、5月25日に再開を認めたばかりだった。再使用という最難関を越えた直後に、地上試験というより基本的な工程で機体を失った格好だ。
なぜ宇宙に2強が要るのか
宇宙輸送は勝者総取りの市場ではない。需要が低コスト高頻度の打ち上げ、政府・安全保障ミッション、月・深宇宙の大型輸送に分かれ、それぞれ要求仕様が異なるからだ。スペースXの「ファルコン9」は再使用で打ち上げ単価を切り下げ、自社の衛星通信「スターリンク」を量産軌道投入する低コスト帯を握る。一方のブルーオリジンは、信頼性を重んじる政府調達や月輸送に存在感を狙う。
国家にとっては、供給源を一社に絞らないこと自体が安全保障になる。米航空宇宙局(NASA)の有人月探査計画「アルテミス」は、月着陸船をスペースXの「スターシップHLS」とブルーオリジンの「ブルームーン」に二系統で発注した。打ち上げ手段でも、BE-4はボーイングとロッキード・マーチンの合弁ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の新型機「バルカン」に2基ずつ供給され、米宇宙軍の安全保障打ち上げを支える。アマゾンは衛星網のためにULA、欧州のアリアングループ、ブルーオリジンから合計92回の打ち上げを100億ドル超で予約した。一社の失敗が全体を止めないための冗長性に、巨額の資金が動いている。
BE-4とラプターはどこが違うか
両社のエンジンはともに液化メタンと液体酸素を燃やす「メタロックス」だが、燃焼の組み立て方が思想ごと異なる。メタンを選ぶ理由は明快で、灯油系のケロシンより燃焼後の煤(すす)が少なく配管が詰まりにくいため再使用に向き、水素より密度が高くタンクを小さくできる。
BE-4は酸素過剰段階燃焼(ORSC=酸化剤を多く混ぜて燃やす方式)を採る。酸化剤過剰の予燃焼器(プリバーナー)を一つ持ち、その高温ガスでタービンを回してポンプを駆動する——米国で実用化されたORSC機の先駆けだ。海面推力は約2,400キロニュートン(約55万ポンド、改良型で64万ポンド級とも)、燃焼室圧力は約134気圧。構造が比較的単純で深い絞り込み運転と整備性に優れ、ULAバルカンでの実績が信頼性を裏づける。対するスペースXの「ラプター」は全流量段階燃焼(FFSC)で、酸化剤過剰と燃料過剰の予燃焼器を二つ備え、推進剤のほぼ全量を予燃焼器に通す。タービンを相対的に低温で回せるぶん燃焼室圧力を約350気圧まで高められ、最新の「ラプター3」は海面推力約280トン、比推力(噴射効率)350秒に達する。性能は世界最高水準だが、部品点数と製造難度は跳ね上がる。スターシップ最新型「V3」は33基のラプター3で離陸推力1,800万ポンドを生む半面、開発は試験のたびに機体を失う反復で進む。スペースXの強みである極端な垂直統合も、量産時にはエンジン生産がボトルネック化する弱点と背中合わせだ。性能を取るか、止まらない確実さを取るか——爆発した発射台は、この設計哲学の対価を映している。
再使用25回が変える経済
再使用は単価破壊の本丸だ。全長98メートル級ニューグレンの第1段は最低25回の再飛行を見込んで設計され、回収船ジャクリーンへの着陸を狙う。スペースXのファルコン9はすでに同一ブースターの再使用が常態化し、打ち上げコストを使い捨て時代の十分の一以下に押し下げた。完全再使用のスターシップは、V2型の35トンからV3型で約100トンへ低軌道投入能力を引き上げ、単価をさらに下げる構想だ。
この再使用とメタン化の波は、中国でも同時進行する。民間のランドスペース(藍箭航天)は、世界初の軌道到達メタロックス機「朱雀二号」に続き、ステンレス製の再使用機「朱雀三号」を準備する。使い捨て時で低軌道に2万1,300キログラムを運び、ファルコン9の再使用時能力の75〜85%に迫る。国有の中国航天科技集団(CASC)も再使用メタン機「長征十二号A」で第1段回収に一度成功し、2026年半ばの再飛行を見込む。両機ともファルコン9のキログラム単価への対抗を公言する。打ち上げ頻度でファルコン9になお遠く及ばないブルーオリジンにとって、価格を武器に量産で追う中国勢は、第三極として無視できない。
ベゾスの忍耐資本と衛星経済
なぜ四半世紀も赤字事業に資金を注げるのか。ベゾスはブルーオリジンに少なくとも100億ドル、本人の見立てで100億〜200億ドルを投じ、毎年10億ドル以上のアマゾン株を売って供給し続けると公言してきた。短期の投資収益率(ROI)を求める通常の資本とは時間軸が違う、短期回収を迫らない「忍耐資本」である。年金基金やソブリンウェルスファンドが宇宙を「次のインターネット」とみなして長期資金を入れる構図とも重なる。従業員は1万人規模で、ワシントン州ケントの本社からフロリダ、アラバマへ製造を広げ、サブオービタル観光「ニューシェパード」で収益と技術実証を積んできた。
回収の絵は衛星にある。スペースXはスターリンクの2025年売上高を114億ドル(全社の61%)とされる水準まで伸ばし、2026年2月に契約者1,000万超に達した。アマゾンは衛星網を「アマゾンLeo」(旧プロジェクト・カイパー)と改め、3,200基規模を整える。さらに2026年、宇宙とデータセンターが直結し始めた。ブルーオリジンは毎秒テラビット級のデータセンター間通信を担う衛星網「テラウェーブ」構想を公表し、宇宙空間に計算資源を置く「軌道上データセンター」が投資家の評価材料に浮上した。同社は商業宇宙ステーション「オービタルリーフ」も描く。NASAはブルーオリジンに有人月着陸船で34億ドル(2023年契約)、月面車の初号機輸送で1億8,800万ドル(2026年5月26日決定)を支払う。マスク氏のスペースXは6月の新規株式公開(IPO)が取り沙汰され、評価額は1.7兆ドルから2兆ドル超への上振れも報じられる。対するブルーオリジンも創業以来初めて外部調達を探り、従業員の株式報酬制度を見直した。忍耐資本だけの時代が、静かに終わりつつある。
中国の量産と日本の素材
中国は量で押す。上海の企業が進める衛星網「千帆(チエンファン)」は2026年5月に長征六号Aで18基を追加して軌道上144基となり、最終的に1万5,000基超を目指す。国有の「国網(グオワン)」も2026年に数百基規模を投入し、スターリンクと並走する。打ち上げ回数そのものを国家の能力ととらえ、官民を総動員する構図だ。
日本の立ち位置は、輸送と素材で性格が分かれる。基幹ロケット「H3」はJAXAと三菱重工業が運用し、最軽量形態で1回約50億円と前世代H-IIAの半額を狙う。固体ブースターはIHIエアロスペースが担い、再使用型では2030年に約25億円を視野に入れる。ホンダは2025年に実験用再使用ロケットの離着陸試験を成功させ、異業種からの参入も始まった。だが日本が世界で最も強いのは機体そのものより素材だ。航空宇宙用の炭素繊維で東レが世界首位級にあり、帝人、三菱ケミカルを合わせた日本勢が高性能炭素繊維の中核を握る。航空機向け炭素繊維市場は2024年の22億ドルから2034年に55億ドルへ、年率約9.8%で伸びると予測される(業界調査)。ロケットの軽量構造や高圧タンクは、この素材の独壇場に依存する。半導体と同じく、最終製品で出遅れても川上の素材で世界が日本に頼る構造が、宇宙にもある。
日本企業が直面する選択
投資の観点では、機会は素材と部品にある。炭素繊維の東レ(3402)や帝人(3401)、ロケットエンジンと固体ブースターのIHI(7013)、基幹ロケットを束ねる三菱重工業(7011)、衛星の三菱電機(6503)やNECは、打ち上げ回数が世界で増えるほど需要の裾野が広がる側に立つ。月探査では民間のispace(9348)が着陸の実績づくりに挑む。リスクは時間軸の不一致だ。日本企業と投資家は即時の収益を求めがちで、ベゾスのような忍耐資本に乏しい。10年単位で赤字を許容する設計でなければ、宇宙インフラの主導権争いには残れない。人材面では、再使用ロケットや大型衛星網を統合できる系統設計者が国内に薄く、エンジン燃焼や軌道上運用の知見が米中に集中する。規制面では、商業打ち上げや軌道上サービスの制度整備が米国に遅れれば、技術があっても実証の場を失う。素材という川上の砦を握りながら、衛星と輸送という川下で主導権を逃す——半導体で見た非対称が、宇宙でも繰り返されかねない。
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