ソフトバンクが富士通や安川電機など30社超と「日本AI基盤モデル開発」を設立。1兆パラメーターの国産モデルで海外勢への依存を脱却し、製造現場の遅延を1.5ミリ秒以下に抑える物理AIの実装へ動き出す。

ソフトバンクが主導して設立した新会社「日本AI基盤モデル開発」(東京・渋谷)を軸に、国内の主要製造業約30社が出資を視野に入れた連合体を形成する。2026年5月、自動運転や工場自動化(FA)といった実世界で機能する「物理AI(フィジカルAI)」の社会実装に向け、産業界を網羅する開発エコシステムが始動した。高度な計算資源と製造現場の知見を融合し、米中IT大手が先行する生成AI分野で独自の立ち位置を確立する。

総額1000億円規模の国内投資

経済産業省が2026年3月に公表した次世代計算基盤整備計画の進捗報告によると、国内におけるAIデータセンター向けの設備投資額は前年同期比35%増の9400億円に達している。新会社への初期出資および開発環境整備の投資規模は総額1000億円に上る見通しで、出資企業には旭化成や富士通、安川電機といった素材、計算ハードウエア、産業用ロボットの主要各社が名を連ねる。

新会社が開発を目指すLLM(大規模言語モデル)のパラメーター数は1兆規模に設定されている。これは米オープンAIの初期型「GPT-4」に匹敵する演算規模であり、製造業の現場で発生する時系列データや画像、力覚センサーの信号をマルチモーダルに処理するための基盤となる。

ガートナージャパンが2026年4月に発表した国内IT投資動向調査では、製造業の72%が「サプライチェーンの自国回帰とデータ主権の確保」を最重要課題に挙げており、特定プラットフォームへの依存を回避する動きが本格化している。

なぜ製造業はソフトバンクと組むのか

産業界が連携を急ぐ背景には、従来の制御技術が限界を迎え、物理AIへの移行が不可欠になっているという事情がある。物理AIは、3次元空間の状況をカメラやLiDAR(光による検知と範囲測定)で捉え、ニューラルネットワークを介してアクチュエータ(駆動部)を直接制御するエンド・ツー・エンドの仕組みを指す。

このシステムにおいて、従来のクラウド経由の処理では通信遅延(レイテンシ)が課題となる。例えば、工場内の高速ピッキングロボットにおいて10ミリ秒を超える遅延は、位置ずれによるアームの衝突や製造ラインの停止に直結する。

ソフトバンクが展開するAI-RAN(無線アクセスネットワークとAI処理の統合技術)は、基地局の計算資源を活用することで、端末とサーバー間の通信遅延を1.5ミリ秒以下に抑える。安川電機の産業用ロボット「MOTOMAN」シリーズにこの超低遅延通信を適用することで、外部の広域ネットワークに依存しない高リアルタイムな自律制御が可能になる。

データセンターの熱密度と材料工学の融合

1兆パラメーター規模のモデル訓練には、米エヌビディア製のGPU「Blackwell」などの超高性能半導体が数万基規模で必要となる。これにより、データセンターのサーバーラックあたりの電力密度は従来の5キロワットから80キロワットへと16倍に急増し、従来の空冷方式では半導体のジャンクション温度(シリコン素子自体の温度)を許容限度である摂氏85度以下に維持することが困難になっている。

この課題に対し、工程フロー上は半導体基板の成膜・封止段階からデータセンターの冷却機構に至るまでの垂直統合的な対策が求められる。旭化成は、分子構造内にフッ素基を高密度に配置した次世代の液冷用絶縁液体(熱伝導率 0.14 W/m・K、沸点 摂氏130度)を開発し、サーバー基板を特殊な液体に直接浸す「液冷(ダイレクト・リキッド・クーリング)」システムへの実証配備を2026年下期に予定している。

富士通は、2nm世代の最先端プロセスを採用したArmアーキテクチャベースの独自プロセッサ「FUJITSU-MONAKA」を投入する。同プロセッサは1ワットあたりの演算性能を従来比で2.5倍に高めており、データセンター全体の電力使用効率を示すPUE(パワー・usage・エフェクティブネス)を理想値に近い1.15以下に抑制する。

自律駆動を阻む三つのボトルネック

物理AIの実用化に向けた最大の障壁は、実世界における「エッジケース(予期せぬ例外事象)」への対応力にある。シミュレーション空間(デジタルツイン)で数百万時間の強化学習を重ねても、実際の工場内の乱反射や粉塵、油分によるセンサーの認識精度低下を完全に予測することはできない。

また、サプライチェーンの脆弱性も指摘されている。最先端のAIサーバーは、台湾積体電路製造(TSMC)のCoWoS(チップ・オン・ウエハー・オン・サブストレート)と呼ばれる2.5次元の実装技術に依存しており、地政学的な供給途絶リスクを内包している。日本企業連合は、JSRや信越化学工業が強みを持つ高解像度EUV(極端紫外線)フォトレジストや超平坦シリコンウエハーの国内供給網をテコに、国内での先端後工程(パッケージング)ラインの早期確立を模索している。

日本企業が直面する選択

ソフトバンクを中心とする産業連合の立ち上げは、国内製造業に対して構造的な変革を迫っている。投資判断の観点では、一社単独でのAI投資リスクを分散できる利点がある一方、開発された基盤モデルの知的財産権(IP)や自社の秘匿性の高い製造データ(暗黙知)の共有範囲を巡る調整が難航するリスクがある。共有の範囲が狭まれば、モデルの汎用性が損なわれるジレンマに直面する。

人材戦略においては、伝統的な機械・電気工学のエンジニアと、大規模な強化学習やトランスフォーマーモデルを扱うデータサイエンティストとの技能の融合が急務となる。ソフトウェア優位の開発体制への転換は、既存の組織構造との摩擦を生む可能性がある。規制対応の面では、自律駆動ロボットが実社会で損害を与えた場合の責任の所在(製造物責任法とAI生成物の帰責性)の法制化が追いついておらず、これが現場への積極的な導入を阻むリスクとなっている。しかし、この連合が機能すれば、人手不足に悩む日本の物流・製造現場における抜本的な省人化と、次世代産業用インフラの国際標準化を同時に獲得する好機となる。