米国の先端半導体輸出規制を受け、中国の人工知能(AI)開発は自国技術への依存を深めている。中国情報通信研究院(CAICT)の2024年3月報告によれば、官民合わせて年間1500億元(約3兆円)規模の資金が国産AI半導体や大規模言語モデル(LLM)に投じられている。アリババ集団やテンセントといった巨大IT企業が開発を主導するが、その演算能力は米エヌビディア製に及ばず、技術人材の確保も課題だ。この巨大な自給圏構築の動きは、半導体製造装置や材料で世界を主導する日本企業に、供給網再編という難題を突きつけている。
米規制が促す「AI鎖国」と国家戦略
米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発動し、2023年10月に更新した対中半導体輸出規制が、中国のAI戦略を根底から揺さぶった。規制は、エヌビディアの「A100」や「H100」といった高性能画像処理半導体(GPU)の輸出を事実上禁止。これにより、中国企業はAIの学習に不可欠な最先端の演算基盤への接続を断たれた。台湾積体電路製造(TSMC)など海外の先端工場利用も制限され、半導体の設計から製造まで国内で完結させる必要に迫られている。
これに対し、中国政府は「新型挙国体制」を掲げ、AI産業の完全な自給自足を目指す。工業情報化部が主導する国家プロジェクトでは、2027年までにAI中核産業の規模を4000億元以上に引き上げる目標を設定。政府系ファンドや地方政府が資金を供給し、上海市や北京市では大規模なAI計算センターの建設が相次ぐ。例えば、上海市が推進する「臨港新片区AIイノベーション港」は、初期投資だけで100億元規模に達し、5万ラック以上のサーバー設置を計画する。しかし、その中核をなす半導体は、性能が制限された米国製か、発展途上の国産品という選択肢しかなく、計画全体のボトルネックとなっている。米国の調査会社ガートナーの2024年予測では、中国のAI半導体市場における国産品の割合は、2022年の10%未満から2027年には40%を超えるとされるが、これは需要を満たすというより、代替品がないための受動的な移行の色合いが濃い。
国産AI半導体はNVIDIAを代替可能か
中国AI産業の自立は、国産AI半導体の性能にかかっている。現在、市場の期待を最も集めるのが華為技術(ファーウェイ)の「昇騰(Ascend)910B」だ。同製品は、中芯国際集成電路製造(SMIC)の7ナノメートル(nm)級とされる「N+2」工程で製造されていると見られる。理論上の演算性能は256テラフロップス(FP16精度)と公表されており、これは米国の規制対象となったエヌビディアの旧世代品「A100」の312テラフロップスに迫る水準だ。しかし、実用環境での性能はソフトウェアの成熟度に大きく左右される。特に、エヌビディアが15年かけて築き上げたソフトウェア基盤「CUDA」に相当するエコシステムが中国にはなく、開発者は既存のAIモデルを移植するために多大な労力を強いられる。業界関係者への取材では、実際のアプリケーションにおける処理能力はA100の6~7割程度にとどまるケースが多いという。アリババ集団傘下の半導体設計会社T-Head(平頭哥)が開発する「含光800」も推論処理に特化しており、学習用途では限定的だ。これら国産半導体の電力効率は、台湾TSMCの先端工程で製造されるエヌビディア製品に比べ30%以上劣るとの指摘もあり、大規模データセンターでの運用費用を押し上げる要因となっている。
乱立する言語モデル、収益化への長い道のり
半導体という「土台」の制約にもかかわらず、その上で動く大規模言語モデル(LLM)の開発競争は過熱している。中国サイバースペース管理局(CAC)が2024年4月時点で公表したリストによると、国内で正式なサービス提供許可を得た生成AIモデルは117種類に上る。百度(バイドゥ)の「文心一言(Ernie Bot)」、アリババの「通義千問(Qwen)」、新興企業の智譜AI(Zhipu AI)が開発する「GLM」などが代表格だ。当初は米OpenAIの「GPT-4」を追い、パラメータ数を競う開発が主流だったが、現在は金融、医療、製造業といった特定分野に特化した小型モデルの開発に軸足が移りつつある。これは、限られた演算能力を効率的に活用し、具体的な収益源を確保する狙いがある。例えば、テンセントは自社のクラウドサービスを通じて、企業が独自のデータで微調整(ファインチューニング)できるLLMを提供し、2023年第4四半期のクラウド事業売上高を前年同期比18%増の580億元に押し上げる一因とした。しかし、大半のモデルは依然として研究開発段階にあり、消費者向けサービスの多くは無料提供が続く。米調査会社CBインサイツによれば、2023年の中国AI分野へのベンチャーキャピタル投資額は前年比44%減の約90億ドルにとどまり、投資家の目は実用性と収益性へと厳しく注がれている。
閉じた生態系で繰り広げられる人材獲得競争
米中間の技術デカップリングは、研究者や技術者の国際的な流動性をも阻害している。かつては米国の大学や研究機関で博士号を取得した中国人研究者が帰国し、国内のAI開発を牽引する構図があった。しかし、米国の「チャイナ・イニシアチブ」に代表される一連の政策や、機微技術へのアクセス制限強化により、頭脳還流の勢いは鈍化している。米マクロポロ(MacroPolo)の2023年調査では、世界のトップAI研究者のうち米国で働く中国人研究者の割合は依然として高いものの、中国へ帰国する割合は2021年を頂点に減少傾向にある。この結果、中国国内の限られた人材プールを巡る獲得競争が激化。ファーウェイ、アリババ、テンセントなどの大手は、国内トップ大学の卒業生に対し、初任給で年収100万元(約2000万円)を超える報酬を提示する例も珍しくない。一方で、これは新興企業や大学の研究機関にとっては深刻な人材流出を意味する。閉じた生態系の中での人材の奪い合いは、産業全体の多様性と創造性を長期的に損なう危険性をはらんでいる。国内のAI人材育成プログラムが量産する技術者の質が、最先端の研究開発を担えるレベルにあるかも未知数だ。
日本企業が直面する選択
中国のAI自給圏構築は、日本の産業界、特に半導体関連企業に複雑な選択を迫る。短期的には、中国が旧世代の半導体製造ラインを大量に増設しているため、それに用いられる製造装置や材料の需要が急増している。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった装置メーカーにとって、中国は売上高の3~4割を占める最大の市場だ。日本の財務省が発表した2024年1~3月期の貿易統計によれば、半導体製造装置の対中輸出額は前年同期比82%増の5212億円に達し、過去最高を記録した。しかし、この特需は米国の規制強化次第でいつでも途絶えうる不安定なものだ。さらに、中国企業に装置や材料を供給し続けることは、結果的に中国の半導体自給率向上を助け、将来の競合を育てることにもつながりかねない。EUV(極端紫外線)リソグラフィーに不可欠なフォトレジストで世界シェアの約9割を握るJSRや信越化学工業、東京応化工業なども同様のジレンマを抱える。米国の同盟国として先端技術の流出防止に協力する一方、巨大市場を失うリスクも無視できない。日本企業は、地政学リスクを織り込んだ供給網の複線化や、中国以外の市場開拓を加速させると同時に、技術的優位性を維持し続けるための研究開発投資を怠ることは許されない状況にある。