中国の新興電気自動車(EV)大手、上海蔚来汽車(NIO)が、自動運転を担う半導体などの開発事業を分社化する計画を本格化させている。これは累計1兆円を超える巨額の営業赤字を本体の財務諸表から切り離す会計上の措置にとどまらない。米国の対中半導体輸出規制が厳格化するなか、これまで自動運転の中核としてきた米エヌビディア(NVIDIA)製チップへの依存から脱却し、独自の供給網を構築する狙いが透ける。分社化で生まれる新事業体は、政府系資金などを呼び込む「国産化」の新たな受け皿となり、中国の車載半導体勢力図を塗り替える可能性がある。この動きは、日本の製造装置や素材メーカーの事業戦略にも新たな問いを投げかけている。

150億元赤字が生んだ「財務の妙」

NIOの経営は、急成長の陰で巨額の赤字に苦しむ構造が続いてきた。同社が2023年12月5日に公表した第3四半期決算によると、同期の純損失は45億5670万元(約910億円)に達した。2023年1月から9月までの累計純損失は152億2000万元(約3040億円)を超え、創業以来の累計赤字は1000億元(約2兆円)規模に膨らんでいる。この財務負担の主因が、売上高の2割近くを占める研究開発費だ。特に、高性能な自動運転機能の実現に不可欠な半導体の自社開発は、設計から検証までに毎年数百億円規模の費用を要する。
李斌(ウィリアム・リー)最高経営責任者(CEO)が打ち出したチップ事業の分社化は、この重荷を本体の連結財務諸表から切り離すための策である。新会社が外部資本を受け入れれば、NIOの持ち分比率が低下し、連結対象から外れる。そうなれば、毎年数十億元に上る先端半導体の設計費用、技術者の人件費、EDA(電子設計自動化)ツールのライセンス料などがNIO本体の費用として計上されなくなる。これにより、NIOの株価収益率(PER)や利益率といった投資家が重視する財務指標は見かけ上、大きく改善する。これは、米国の金融市場で「収益化への道筋が不明確」との批判にさらされてきた経営陣にとって、喫緊の課題に応える一手と見られる。

なぜ今、自社製チップを切り出すのか?

財務改善という直接的な動機に加え、事業分離を急がせるより大きな構造要因は、米国の対中半導体規制の存在だ。NIOの現行の高度運転支援システム「Aquila」は、米NVIDIA製の高性能SoC(System-on-a-Chip)である「Orin-X」を4基搭載し、合計1016TOPS(毎秒1016兆回の演算能力)という強力な処理性能を誇る。しかし、米国政府は2022年以降、NVIDIAの高性能GPU「A100」や「H100」の中国向け輸出を厳格に規制しており、その対象が車載用の高性能半導体に及ぶリスクは常にくすぶる。
この供給網の脆弱性を解消するため、NIOは早くから半導体の内製化に着手してきた。その成果が、自社開発したLiDAR(光による検知と測距)制御用チップ「楊貴妃(Yangjian)」であり、現在開発中の7nmプロセスを採用した自動運転用SoC「神甌(Shenji)」だ。神甌は、NVIDIAのOrin-Xに匹敵する演算性能を目指すもので、CPU、GPU、AI処理を担うNPU(Neural-network Processing Unit)を一つのチップに集積する高度な設計が求められる。分社化は、こうした戦略的事業を本体の財務状況から隔離し、米国の規制動向に左右されにくい独立した開発・資金調達体制を構築する狙いがある。半導体事業を「聖域」として保護し、長期的な開発を継続する意思の表れと言える。

「NVIDI-O」新会社の資金調達戦略

分社化により設立される新会社は、NIO本体とは異なる資金調達の枠組みを模索することになる。李斌CEOは、新会社がNIOだけでなく、他の自動車メーカーにも半導体を供給する独立した半導体企業(ファブレス)を目指す方針を示唆している。この事業モデルは、NIOの内部需要だけでは正当化が難しい巨額の開発投資を、外部からの売上で回収する狙いがある。中国メディアの報道によれば、新会社はすでに政府系の産業投資基金や、半導体分野への投資に積極的な民間ベンチャーキャピタルとの間で資金調達の交渉を開始しているとされる。
中国政府は「国家集積回路産業投資基金(大基金)」などを通じ、半導体の国産化を強力に推進しており、2022年の国内車載半導体市場の自給率は5%未満と、海外依存度が極めて高い(中国汽車工業協会調べ)。NIOの新会社は、この「国産化」の潮流に乗ることで、有利な条件での資金調達が期待できる。年間100万台規模の生産能力を持つNIOが初期の顧客となることで、事業の立ち上がりが安定し、投資家にとって魅力的な案件と映る可能性が高い。新会社が目指すのは、NVIDIAのビジネスモデルを模倣しつつNIOの内部需要を核とする、いわば「NVIDI-O」とも呼べる存在だ。この戦略が成功すれば、中国の車載半導体市場に新たな巨大プレーヤーが誕生することになる。

日本の供給網が直面する新たな力学

NIOの動きは、世界の半導体供給網、とりわけ日本の素材・装置メーカーにとって無視できない変化の兆しである。NIOが開発する「神甌」のような7nm世代の先端SoCの製造は、当面、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子といった海外の受託製造企業(ファウンドリ)に依存せざるを得ない。これらのファウンドリは、日本の半導体製造装置や素材の世界的な中核顧客だ。例えば、先端リソグラフィに不可欠なフォトレジストはJSRや信越化学工業、東京応化工業が世界市場の約9割を占める。また、シリコンウエハーも信越化学とSUMCOが世界シェアの過半を握る。NIOの新会社がTSMCなどへの発注を増やせば、間接的に日本の関連企業の受注増につながる構造がある。
しかし、中長期的には異なる展開も予想される。NIOの新会社が中国政府の支援を受け、製造委託先を中芯国際集成電路製造(SMIC)など中国国内のファウンドリへ切り替える動きを加速させる可能性があるからだ。SMICは米国の規制下で苦戦しつつも、7nmプロセスの量産技術を確立したと報じられている。仮にNIOのような大手顧客からの大量受注が実現すれば、SMICの技術開発と生産能力拡大は一気に加速するだろう。そうなれば、日本の装置・素材メーカーは、米国の輸出管理規則(EAR)を順守しつつ、成長する中国国内の半導体エコシステムとどう向き合うかという、より複雑な戦略判断を迫られる。NIOの分社化は、単なる一企業の財務戦略ではなく、地政学的な変動のなかで日本の半導体関連産業が直面する新たな力学を象徴している。

迫られる選択、危機か好機か

NIOの半導体事業分社化は、米中技術摩擦という大きな地殻変動の上で起きている事象だ。それは、中国の巨大テック企業が、米国の技術的支配から逃れるために、財務的な合理性を超えた戦略的投資をいかにして継続するか、という問いへの一つの解答でもある。事業体を切り出し、国家資本を注入し、国内市場をテコに巨大化させる。この手法は、EV電池分野で寧徳時代新能源科技(CATL)が、太陽光パネル分野で多くの中国企業が辿ってきた成功の方程式とも重なる。
この動きは、日本の半導体関連企業に二つの側面を提示する。短期的には、NIOの新会社がTSMCなどを通じて先端半導体を製造する過程で、日本の装置・素材への需要は底堅く推移するだろう。中国の旺盛な半導体内製化投資は、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった企業の好調な業績を支える一因となってきた。しかし、長期的には、中国国内で完結したサプライチェーンが強化され、日本の技術的優位性が相対的に低下するリスクをはらむ。特に、汎用的なプロセス技術や素材分野では、中国勢の追い上げが現実のものとなりつつある。
重要なのは、この変化を単一の脅威としてではなく、事業機会の再定義を迫るシグナルとして捉えることだ。例えば、日本の素材メーカーが持つ超高純度化技術や品質管理能力は、中国企業が短期間で模倣困難な領域である。また、次世代のパワー半導体であるSiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)関連の基板・装置技術など、日本が先行する分野での優位性をさらに高める投資が求められる。NIOの一手は、日本の産業界に対し、技術的参入障壁がどこにあるのかを再検証し、より付加価値の高い領域へと事業の軸足を移す必要性を突き付けていると見られる。