AI半導体の量産はASMLの露光機だけでは成り立たない。マスクの反射多層膜、EUVレジスト、実波長検査といった隘路で日本勢が世界シェア7割から事実上の独占までを握る。TSMCが熊本やつくばに拠点を置いた理由を、装置と材料の依存構造から解き明かす。

生成AIの演算を担う最先端の半導体は、いまや一握りの工場でしか作れない。その頂点にいる台湾積体電路製造(TSMC)が回路を描く中核装置、オランダASMLの極端紫外線(EUV)露光機ばかりが注目を集める。だが、露光機を1台据えただけでは工場は1枚のウエハーも仕上げられない。光を反射する鏡、感光する薬剤、欠陥を見抜く検査、削って積む工程——そのほとんどを、日本の素材・装置メーカーが供給している。TSMCの強さは台湾の生産技術だけで成り立っているのではなく、海の向こうの数社に深く依存して初めて成立する。本稿は、AI半導体を物理的に成り立たせる供給の構図を、工程と材料の側から解きほぐす。

ASMLの露光機を囲む隠れた半円

EUV露光は、波長13.5ナノメートルの光で回路を縮小投影する技術だ。この光は、二酸化炭素レーザーで毎秒およそ5万回もスズの液滴を叩いて生むプラズマから取り出す。波長が原子サイズに近いため、半導体の最小寸法を一桁ナノメートルまで刻める。ただしEUVはあらゆる物質に吸収される厄介な光で、レンズを透過させられない。だから光学系もマスクもすべて反射式になり、その反射面や周辺の消耗品に、桁違いの精度が要求される。

ここに日本勢が並ぶ。マスクの母材を作るHOYA、防塵膜のペリクルを担う三井化学、感光材のEUVレジストを握る東京応化工業・JSR・信越化学、露光の前後で薬剤を塗り現像する東京エレクトロン、そして仕上がったマスクの欠陥を実波長で検査するレーザーテック。ASMLが供給するのは露光機という一点であり、その前後左右をふさぐ消耗品と隣接装置を日本が握っている。

ASMLの露光機を囲む日本の消耗品と隣接装置
ASMLの露光機を囲む日本の消耗品と隣接装置

この構図は、半導体の地政学が「ASML対中国」という単純な対立では語れないことを示している。露光機を手に入れても、その周りの隘路がそろわなければ最先端は動かない。

鏡として働くマスク — HOYAの反射多層膜

EUVマスクの心臓部は、回路の原版を映す反射鏡である。可視光の鏡が銀やアルミの一層で済むのに対し、13.5ナノメートルを反射する鏡は、モリブデンとシリコンを交互におよそ40対、合計80層ほど積み重ねた反射多層膜になる。各層はおよそ7ナノメートル、原子数十個ぶんの厚みで、これを波長の四分の一刻みで精密に積むことで層ごとの反射が干渉して強め合い、約70%という反射率を得る。13.5ナノメートルでの理論上限が約73%だから、ほぼ限界まで詰めた数字だ。

工程上、この母材(マスクブランクス)は回路を刻む前の白紙にあたる。ここに吸収体を成膜してパターンを描き、ペリクルをかぶせて初めて露光機にかけられる。問題は欠陥で、多層膜に数十ナノメートルの凹凸が一つでもあれば、それがウエハー上に転写され不良になる。ほぼ無欠陥で広い面を成膜する技術が壁となり、HOYAがEUV用ブランクスで世界シェア約7割を占める(HOYA、業界推計)。旭硝子系のAGCや信越化学が追うが、量産規模で代わりを果たせる企業は世界に数えるほどしかない。露光機そのものよりも、この鏡のほうが供給の細い首になっている。

0.1度で決まるレジストの線 — 東京エレクトロンの塗布現像

露光は単独の工程ではない。ウエハーに感光材を塗り、露光し、加熱し、現像するという一連の流れの一部にすぎず、その塗布と現像を担うのが塗布現像装置(コータ/デベロッパ)だ。東京エレクトロンはこの装置でEUV連携の約9割を占める(東京エレクトロン、業界推計)。装置は露光機と物理的に連結され、ウエハーが露光機に入る直前と出た直後を受け持つ。

精度の核心は、露光後のベーク(加熱)にある。先端のEUVレジストは化学増幅型で、EUV光子一つが触媒となる酸を生み、その酸が加熱中に拡散して周囲の樹脂を一気に反応させる。増幅によって少ない光量でも像を結べる一方、酸の拡散量は温度にきわめて敏感で、ベーク温度が0.1〜0.2度ぶれただけで線の縁の荒れ(ラインエッジラフネス)や寸法のばらつきが現れる。装置はウエハー全面をこの幅で均一に保つ。同じ感光材の側でも、東京応化工業・JSR・信越化学・富士フイルム・住友化学を合わせた日本勢が世界シェア約9割を握り、とりわけ確率的な欠陥を抑える金属酸化物系の次世代レジストで先行する。塗る装置も塗られる薬剤も日本に寄っているのが、露光という最先端工程の実相だ。

露光波長そのもので欠陥を探す — レーザーテックの検査

マスクが正しく作れたかを確かめる検査にも、固有の難しさがある。通常の半導体検査は扱いやすい深紫外(DUV)の光を使うが、EUVマスクではそれが通用しない。DUVでは見えないわずかな位相の乱れが、13.5ナノメートルの露光では像として転写されてしまうからだ。欠陥は、実際に使う波長そのもの、すなわち実波長(アクチニック)で見るしかない。

レーザーテックは、EUVと同じ13.5ナノメートルの光源を組み込んだ検査装置でこの領域をほぼ独占する。マスクブランクスの段階の検査も、回路を刻んだ後のパターン検査も、量産で供給できるのは事実上この一社で、ACTISシリーズが業界の標準になっている(日本経済新聞)。露光機メーカーでも材料メーカーでもない計測企業が、最先端の歩留まりを左右する位置にいる。供給網の隘路は、必ずしも華やかな主役の側にあるわけではない。

円柱から引き上げる鏡面のウエハー — 信越とSUMCO

すべての工程の出発点は、回路を刻む土台となるシリコンウエハーだ。高純度のシリコンを溶かし、種結晶を浸して回転させながらゆっくり引き上げると、原子が規則正しく並んだ一本の単結晶の円柱が育つ。チョクラルスキー法と呼ぶこの引き上げで、結晶中の酸素濃度や微小な欠陥の量まで制御し、直径300ミリの円板に薄く切り出して、表面をナノメートルの平坦さまで磨き上げる。露光は数十ナノメートルの焦点深度で像を結ぶため、土台がこの平坦さに達していなければ最先端の微細加工は始まらない。

前工程の流れと各工程を担う日本の装置・材料
前工程の流れと各工程を担う日本の装置・材料

このウエハーで、信越化学が世界の約3割、SUMCOが2割超を占め、日本2社の合算が約5割を超える(SEMI、業界推計)。台湾のGlobalWafers、ドイツのSiltronicが続くが、最先端ロジック向けの最も平坦度の厳しい領域では日本勢の優位が際立つ。図が示すように、ウエハーを起点に成膜・露光・エッチング・平坦化・洗浄を十数回繰り返す前工程の各段で、装置か材料のどこかに日本企業が入り込んでいる。

削り、貫き、積む後工程 — ディスコと荏原

回路を刻み終えたウエハーは、後工程で製品の形に組み上がる。AI半導体は演算ダイと広帯域メモリー(HBM)を一つのパッケージに積層するため、それぞれのチップを薄く削り、傷つけずに切り分ける必要がある。背面研削で、ウエハーは50マイクロメートル以下、薄いものでは30マイクロメートル前後まで削られる。髪の毛より薄い円板を割らずに扱う技術が要る。

後工程の流れ — 試験・研削・積層を担う日本の装置
後工程の流れ — 試験・研削・積層を担う日本の装置

切断では、ディスコが手がけるステルスダイシングが効く。回転刃で削るのではなく、レーザーの焦点をシリコンの内部に結んで改質層という割れの起点を作り、その後にテープを伸ばして割断する。

  • 削りくずも縁の欠けも出ないため、薄く脆い積層用のダイに向く。ディスコは研削・切断装置で世界シェア7〜8割を占め、東京精密がこれを追う。
  • 積層では、チップを貫く電極(シリコン貫通電極)を、アスペクト比およそ10対1の細い穴に銅を空隙なく充填して作る。この電解めっきと、表面を平らにする平坦化(化学機械研磨)で、荏原製作所が中核装置を供給する。

微細加工の主役が露光なら、チップを立体に組む後工程の主役は、削り・貫き・積む日本の装置群だ。

積層の前に良品を見極める — アドバンテストの試験

積層には引き返せない怖さがある。一度HBMと演算ダイを高密度に貼り合わせてしまえば、後から一枚だけ不良が見つかっても丸ごと無駄になる。数万ドルにのぼる先端パッケージに不良ダイを入れないため、積層の前に一個ずつ良品(良品ダイ)を選り分ける試験が要る。

アドバンテストは、この試験装置で世界シェア約5割を占め、米テラダインと二強を成す(アドバンテスト、業界推計)。とりわけAI加速器やHBMのような高速・大規模なチップを、実動作の速度で検査する領域で強い。主力のV93000系は、入出力の信号を一括して高速にやり取りし、微小な不良も取りこぼさない。演算性能の競争が語られるとき、その性能を保証する試験の工程は表に出にくいが、歩留まりと最終コストはここで決まる。

熊本とつくばに置いた布石

TSMCは近年、台湾の外へ生産と研究の足場を広げており、その配置は供給の構図と重なる。子会社JASMの熊本第1工場は2024年2月に開所し、同年末に12〜28ナノメートル世代の量産を始めた。ソニー・デンソー・トヨタが出資し、第2工場では6〜7ナノメートル世代に踏み込む(TSMC、日本経済新聞)。完成品の用途は車載やイメージセンサーが主だが、立地の意味は顧客の近さだけではない。素材と装置の供給元が密集する場所に、生産そのものを寄せた。

TSMCの工場に入る材料・装置と、出てくるAI半導体
TSMCの工場に入る材料・装置と、出てくるAI半導体

研究の側でも、TSMCは2022年に茨城県つくば市へ先端実装(3DIC)の研究拠点を開いた。海外で初めて設けたこの種の拠点で、材料メーカーと机を並べて次世代の積層材料を共同開発する。図の入出力が示すとおり、最先端の生産は橙で示した隘路品目を一つでも欠けば止まる。供給者が一社から数社に絞られた材料の近くに拠点を構えるのは、その細い首を物理的に手元へ引き寄せる動きだ。

輸出管理が変えた装置の重み

この依存構造は、米中の技術摩擦のなかで戦略的な重みを帯びた。経済産業省は2023年7月23日、露光・成膜・エッチング・洗浄・検査を含む先端製造装置23品目を輸出管理の対象に加え、米国が2022年10月に敷いた規制に歩調を合わせた(経済産業省、Reuters)。中国が最先端の露光機から締め出されるなか、その露光を成立させる日本の材料・装置は、いっそう代えのきかない資産になっている。

主要品目における日本勢の世界シェア集中度
主要品目における日本勢の世界シェア集中度

図に並べた品目の偏りは、依存の本質を一目で映す。実波長検査はほぼ100%、EUVレジストと塗布現像装置は約9割、研削・切断は7〜8割、マスクブランクスは約7割。代替が難しい消耗品や検査ほど、供給がほぼ一国・数社に寄っている。TSMCがどれほど巨大でも、この細い首の一本が詰まれば最先端の生産は滞る。AI半導体の競争を演算性能やナノメートルの数字だけで眺めると、その性能を物理的に成り立たせている素材と装置の層が視界から抜け落ちる。露光機の影に隠れたこの一国の存在こそ、TSMCが手放せない理由である。