北京市が国内で初めて、特定条件下でシステムが運転を担う「レベル3」自動運転車の公道試験を許可した。この決定は、中国のAI半導体開発が新たな段階に入ったことを示す。対象は国営・北京汽車集団(BAIC)傘下の電気自動車(EV)ブランド「極狐(アルフォックス)」の車両。年間2000万台超の新車が販売される巨大市場を舞台に、米エヌビディア(NVIDIA)製半導体への依存から脱却し、華為技術(ファーウェイ)などが設計する国産SoC(System-on-a-Chip)への置き換えを国家ぐるみで加速させる動きが鮮明になった。米国の対中半導体規制が厳しさを増すなか、日本の素材・装置メーカーは、この地政学的なサプライチェーン再編の渦中で、新たな商機と事業リスクに同時に直面することになる。
北京市の許可、その技術的背景
北京市公安局交通管理局が今回、公道試験用のナンバープレートを交付したのは、北京汽車集団傘下の「極狐」ブランドが開発した車両3台である。許可された走行条件は、指定された高速道路および都市内快速道路に限定され、最高速度は時速60キロメートルと定められた。運転者は運転席に着席し、緊急時に即時介入できる態勢を維持する義務を負う。これは、国際的な自動運転技術の標準規格であるSAEインターナショナルの定義するレベル3「条件付き運転自動化」に準拠するものである。
この許可の背後には、センサー技術の著しい進展がある。極狐の当該車両は、LiDAR(光による検知と測距)、ミリ波レーダー、そして複数の高解像度カメラを組み合わせた「センサーフュージョン」方式を採用している。LiDARは、レーザー光を照射し、その反射光が戻るまでの時間(Time of Flight)を計測することで、対象物までの精密な三次元距離情報を得る。これにより、カメラが苦手とする夜間や悪天候下でも高い認識性能を維持する。中国では、禾賽科技(Hesai Technology)や速騰聚創(RoboSense)といった新興企業がLiDAR市場で急速にシェアを伸ばしており、調査会社Yole Intelligenceの2023年報告によれば、両社で世界の車載LiDAR市場の約6割を占める。これら複数のセンサーから得られる膨大な情報を統合処理し、周辺環境を正確に認識する能力が、レベル3実現の技術的な礎となった。
なぜ今、国産AI半導体が焦点なのか?
北京市の許可は、単なる技術実証の枠を超え、中国の半導体国家戦略と密接に連動している。これまで、高度な自動運転機能を持つ中国製EVの多くは、頭脳部にあたるAI半導体を米エヌビディアに依存してきた。同社の車載用SoC「Drive Orin」は、単一チップで最大254TOPS(毎秒254兆回の整数演算)という高い処理能力を誇り、複数のセンサー情報をリアルタイムで処理する自動運転システムの業界標準となっていた。
しかし、米国の対中半導体輸出規制がこの構造を揺るがしている。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月以降、段階的に規制を強化し、高性能なAI半導体および関連製造装置の中国向け輸出を厳しく制限。これを受け、エヌビディアは中国市場向けに性能を調整した「Drive Thor」のダウングレード版などを開発しているが、将来にわたる安定供給への懸念は払拭できない。エヌビディアの2024会計年度第4四半期(2023年11月〜2024年1月)の決算によれば、データセンター部門の売上高に占める中国の割合は「一桁台半ば」まで急落しており、車載部門も同様のリスクに晒されている。この供給途絶リスクこそが、中国政府と国内企業がAI半導体の国産化を最優先課題に掲げる直接的な動機である。
華為・百度が挑む「NVIDIA超え」の道
米国の規制圧力は、結果として中国国内の半導体開発競争を劇的に加速させている。その筆頭が、通信機器大手から事業の多角化を進める華為技術(ファーウェイ)だ。同社は「昇騰(Ascend)」ブランドでAI半導体を展開しており、自動運転向けプラットフォーム「MDC(Mobile Data Center)810」は400TOPSの演算性能を標榜する。これはエヌビディアの「Drive Orin」を上回る数値であり、実際に今回許可を得た北汽集団の「極狐」一部モデルにも搭載されている。この高性能チップは、半導体受託製造(ファウンドリ)最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)が開発した7ナノメートル(nm)世代のプロセス技術で製造されていると見られる。
検索大手、百度(バイドゥ)もAI半導体「崑崙芯(Kunlun Core)」の開発を推進。自社の自動運転開発基盤「Apollo(アポロ)」との連携を強みに、自動車メーカーへの提供を目指す。新興勢力では、地平線機器人(Horizon Robotics)が「征程(Journey)」シリーズで存在感を示す。同社の「Journey 5」は128TOPSの性能を持ち、理想汽車(Li Auto)や蔚来汽車(NIO)といった有力EVメーカーに採用実績を広げている。市場調査会社TrendForceの2023年11月の予測では、2024年における中国の車載AI SoC市場において、地平線機器人と華為の合計シェアは3割近くに達する可能性がある。これら中国企業は、米国の規制下で先端製造装置へのアクセスが制限されるなか、複数のチップを組み合わせる「チップレット」技術や、オープンな命令セットアーキテクチャである「RISC-V」の採用により、性能向上を図る戦略をとっている。
試される日本の素材・装置産業
中国における半導体の地産地消に向けた動きは、世界の半導体サプライチェーンで不可欠な地位を占める日本の関連産業にとって、看過できない構造変化を意味する。日本企業は、半導体製造プロセスの根幹を支える素材や装置で圧倒的な世界シェアを握っているからだ。
例えば、回路パターンをシリコンウエハーに焼き付けるフォトリソグラフィ工程で使われる感光材「フォトレジスト」では、JSR、信越化学工業、東京応化工業の3社で先端EUV(極端紫外線)向けの世界シェア9割以上を占める。また、半導体の基板となるシリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが合わせて世界シェアの5割超を確保。製造装置に目を向けても、東京エレクトロンが塗布・現像装置で約9割、SCREENホールディングスが洗浄装置で5割超のシェアを持つ。これらは中国の半導体工場にとっても代替が困難な製品群だ。
日本の半導体製造装置協会(SEAJ)が公表した2024年1月の統計によれば、2023年の日本製半導体製造装置の販売額のうち、中国向けが全体の47%にあたる1兆3870億円に達し、初めて最大の仕向け地となった。この活況は、中国が米国の規制強化を見越して駆け込みで設備投資を進めた結果であり、持続性には疑問符が付く。長期的には、中国がこれらの重要素材や装置の国産化を試みるのは必至であり、日本企業は技術優位性を保ちつつも、将来的な需要減退リスクに備える必要がある。同時に、米国の輸出管理規則が日本企業にも適用される「域外適用」のリスクも常に念頭に置かなければならない。
日本企業が直面する選択
中国の自動運転技術の進展と、それを支える半導体国産化への強い意志は、日本の自動車および半導体関連企業に複雑な選択を迫っている。一方では、年間500万台規模に達した中国のEV市場は、高品質なセンサーや電子部品、そして製造に不可欠な先端素材を供給する日本企業にとって巨大なビジネス機会であり続ける。特に、LiDARの受光素子や制御用半導体、モーターを精密に制御するパワー半導体など、日本が強みを持つ領域での需要は当面堅調に推移すると見られる。
しかし、その一方で地政学的なリスクはかつてなく高まっている。米国主導の規制網は今後さらに拡大・強化される可能性があり、日本政府もこれに同調する形で2023年7月、先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化した。日本企業は、米国のエンティティリスト(禁輸措置対象リスト)に掲載された中国企業との取引において、厳格な該非判定を求められる。中国市場での事業継続と、日米同盟を基軸とする国際的な規制遵守との間で、難しい舵取りを要求される場面が増えるだろう。
この状況下で日本企業が取るべき道は、複眼的でなければならない。技術的優位性を持つ素材・装置分野では、研究開発投資を継続し、模倣が困難なブラックボックス領域をさらに深耕することが生命線となる。同時に、中国の技術標準化や規制動向を常時監視し、サプライチェーンの多元化を進めることで特定国への過度な依存を低減するリスク管理が不可欠だ。中国市場の巨大な引力と、米中対立がもたらす遠心力。その双方を冷静に見極め、自社の技術的立ち位置を再定義し、したたかに戦略を構築する経営判断が、今まさに問われている。
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